消費税額を正確に計算するとともに免税事業者による益税を防止するための適格請求書(インボイス)制度の開始まで1年を切っている。2023年10月1日の制度開始時に同制度を利用するには、同年3月末までに、所轄の税務署に登録申請をしなければならない。

インボイス制度は正しい徴税に必要な制度である一方で、業務を「デジタル化」するきっかけにもなりうる。なぜなら、インボイスを手作業で管理すると事務負担が今まで以上に重くなるからだ。これまでの項目に加え、税率ごとの消費税額および適用税率と、事業者それぞれで異なる14桁の登録番号を記載しなければならない。

「紙を電子化して電子インボイスにすれば業務負担は軽くなるだろう」と思う方もいるかもしれないが、これだけでは足りない。「紙を前提としてその一部を電子化するだけは、日本は課題先進国から脱却できない。今後はデジタルを前提とし、業務のあり方を見直す『デジタル化』が必要だ」――会計ソフトを手がける弥生の 代表取締役社長を務める岡本浩一郎氏は、10月28日に行われたインボイス関連のイベントでこう強調した。

  • 弥生 代表取締役社長 岡本浩一郎氏

    弥生 代表取締役社長 岡本浩一郎氏

請求から作業をなくす「デジタルインボイス」

そこで、請求から作業をなくすためのひと筋の光となりうるのが「デジタルインボイス」だ。デジタルインボイスとは、標準化され構造化された電子インボイスのことを指す。簡単に言えば、事業者のバックオフィス業務全体の効率化を前提としたインボイスだ。請求から支払い、さらにはその後のプロセスである入金消込といった会計・税務の業務においてデータを連携させることを目的としている。バックオフィス業務全体の効率化だけでなく、その結果として新しい価値を生み出す可能性もある。

そして今、官民が連携してデジタルインボイスの普及に向けた取り組みを進めている。官側で率いる立場にあるのがデジタル庁だ。同庁はデジタルインボイスをインターネット上で送受信するための文書の仕様や運用ルール、ネットワークに関する国際規格「Peppol(ペポル)」をベースとした日本版の規格「JP PINT」の正式版を10月28日に公開した。

欧州発祥のPeppolだが、近年は欧州域外でも採用の動きがあり、Peppolをベースとしたデジタル経済圏の構築が進みつつあるという。シンガポールやオーストラリア・ニュージーランドを含め、世界30カ国以上で採用されている。

  • 「Peppol」の仕組み 資料:EIPA

    「Peppol」の仕組み 資料:EIPA

日本版の規格であるJP PINTが登場したことにより、JP PINTユーザーは、アクセスポイントを経てJP PINTネットワークに接続することで、参加するすべてのユーザーとデジタルインボイスをやり取りできるようになる。岡本氏は「メールアドレスがあれば誰とでもやり取りできる電子メールと同じで、JP PINTを利用する上で仕組みを理解する必要はない」と指南している。SAPジャパンとミロク情報サービスは、今年12月にJP PINTに対応する製品を発表する予定だ。

民間側の先頭に立つのが、会計・業務システムベンダーの団体である「デジタルインボイス推進協議会(EIPA)」。同協会は、2020年7月に設立発起10社でスタートし、2022年10月現在、199社・8名まで会員が拡大している。EIPAの代表幹事となるのが弥生で、岡本氏は同協会の会長を兼務している。

EIPAは2020年12月に平井卓也デジタル改革担当大臣を訪問、「政府がPeppolの日本標準仕様にかかる管理・運用体制を構築すること」などを骨子とした提言を実施した。提言に対し平井大臣は全面的に賛同し、提言から2年を待たずしてJP PINTの正式版を公開した格好だ。公開日に行われたEIPAのイベントには河野太郎デジタル大臣がビデオ出演し、「デジタルインボイスはシステムの違いによるデータ連携の分断を解消する。業務が楽になるだけでなく事業者にとって新たな価値が生まれ、そして成長につながるだろう」と期待を述べた。

デジタルを前提とした業務の見直しを

JP PINTでインボイスを送受信する企業が増えれば、売り手が送ったデータが自動的に買い手のシステムに連係されたり、買い手から入金される前に金融機関から融資を受けられるような新しいサービスが生まれたりする可能性が広がる。加えて、これまで1~3カ月かかっていた資金回収も短縮化でき、次のビジネスへの資金投下が可能になるかもしれない。

実際のサービス提供時期は提供ベンダーによって異なるが、デジタルインボイスは今秋から順次利用が可能になる。しかし、「デジタルインボイスを利用するにあたり、デジタルを前提とした業務の見直しが必須だ」(岡本氏)という。

  • Peppolで実現を目指す領域 資料:EIPA

    Peppolで実現を目指す領域 資料:EIPA

「デジタルを前提とすると、中長期的には月締請求書から都度請求書にシフトするはずだ」と、岡本氏は予測する。そもそも月締請求書は、手作業の集約化や郵送費用の削減のために行われているが、機械で処理され郵送費用が不要となる状況になれば、月締請求書である必要性は下がるということだ。一方で、すべてがデジタルに一気に切り替わることは難しいことから、一旦はデジタルインボイスでも合算請求書と月締請求書の両方を扱えるようにするのが得策だという。

岡本氏は、「2023年10月に対応を開始するのでは遅い。法令改正への対応は後ろ向きになりがちだが、事業者はまずインボイス制度にどのように対応するかをしっかり考える必要がある」と警鐘を鳴らしていた。