発生初期の肢の体肢芽は、周縁に「走路」(=PZ領域)があり、中心に「砂場」(=MC領域)がある半円形のトラックと見なせるという。その「走路」の片方の側から一斉に「幼児」(=SHHタンパク質)がスタートする。ところが、砂場には両親が並んで応援しているので(=位置的にもともとのFGFの濃度が低い上、PI3Kシグナルを終結させるTalpid3タンパク質の酵素活性によって、PI3Kシグナル強度が充分に低い)、幼児たちは次々と両親に走り寄って砂場の中に順次取り込まれていってしまう。このことにより、幼児の数は走路を進むにしたがって減っていくというのが、濃度勾配形成を説明する陸上競技場モデルの内容だという。
そのため、この走路と砂場の相互作用によって、SHHタンパク質が小指側にあるZPA領域から分泌されて親指側に向かって走路を進んでいくうち、路傍の砂場に少しずつトラップされて、走路である体肢芽外周におけるSHHタンパク質濃度が徐々に減っていく、というのがこの二層モデルの骨子とされた。
さらに、KIF3Bの機能不全マウス胚、あるいはFGFビーズを移植したマウス胚においては、中心部でPI3Kシグナリングが終結できなくなることが重要とされた。これは砂場であるべき場所が走路に変化してしまったようなもので、結果としてSHHタンパク質がどこにもトラップされず、体肢芽全体に拡散してしまったものと説明できるという。
これまでは体肢芽周縁の走路の存在が知られていなかったため、体肢芽中をSHHタンパク質が単純拡散することで濃度勾配が形成されると漠然と考えられていたという。しかしそれでは、体肢芽外周にSHHタンパク質が強く発現して濃度勾配を形成している理由と、体肢芽が大きくなってもSHHタンパク質の濃度勾配が保たれていくことの理由を説明できなかったという。それに対し今回の体肢芽の二層モデルでは、クリアカットな解答を与えることができたと研究チームでは説明する。
なお、SHHタンパク質は細胞を増殖させ、固形がんの悪化や組織の再生などに関わることが知られていることから、研究チームでは、今回発見されたKIF3B依存的なSHHタンパク質の分泌制御メカニズムは、新たな抗がん剤や再生医療のシーズとして応用が期待されるとしているほか、Talpid3とKIF3Bはいずれも統合失調症に関連する遺伝子であり、この発見は精神疾患の分子メカニズム解明にも道を開くとしている。