富士通と東北大学は10月1日に、さまざまな分野で解決策をAI(Artificial Intelligence:人工知能)によって発見する「発見知能」の開発および社会実装を推進するための研究開発連携拠点として、「富士通×東北大学 発見知能共創研究所」(以下、共創研究所)を東北大学青葉山キャンパス内に設立した。
今回、共創研究所を設立した目的と今後の具体的な取り組みの方針、そして研究の重要なキーワードとなる「発見知能」について富士通と東北大学に取材した。
なぜ富士通と東北大学が手を組んだのか?
富士通は、同社の研究員が各地の大学内に常駐または長期的に滞在して、大学との共同研究や人材育成などを進める「富士通スモールリサーチラボ」を筆頭に、産学連携の取り組みを進めている。
企業の研究者と大学の研究者が空間を共有し、文字通り膝を突き合わせて議論することで、従来の共同研究の枠組みを超えた研究成果も期待できるという。将来的には、スモールリサーチラボの取り組みをハブに各大学間での研究もさらに加速するだろう。今回の東北大学との共創研究所の設立は、まさにその足掛かりとなる。
なお、東北大学としても、学内に企業との連携拠点を設けて、知見や設備などに対する部局横断的なアクセスを可能とすることで、研究の推進や大学発ベンチャーとの連携などが活発化する前向きな効果が見込める。
近年はデータの利活用にまつわる技術が発達し、物質の特性や自然界の現象だけでなく、人間のふるまいや社会活動などに関する多量のデータも利用できるようになっている。これらのデータの中にはさまざまな社会課題の解決につながる糸口が含まれていると考えられるが、データ同士の相関関係までは容易に確認できても、課題の解決策につながる情報の特定は難しい。
そのような課題の解決には、その課題に関わる重要な要因を特定した上で、さらにデータ同士の原因と結果を表した「因果関係」を抽出する技術が必要だと考えられる。解決策につながる重要な情報を見つけるためには、データの利活用やAIの高性能化を進めるだけではなく、人文社会科学や経済学などの幅広い素養を持つ人材の参画も欠かせないだろう。
そこで富士通と東北大学は、新しい技術の開発と人材の育成を通じて社会課題の解決に資することを目的とし、相互の技術や知見を掛け合わせるために共創研究所を設立したとのことだ。
「発見知能」って何ですか?
さて、近年はAI技術が世の中に浸透しており、さまざまな分野で社会実装が進んでいることは言うまでもないだろう。AIの厳密な定義は研究者によっても異なるのだが、AIを「人の知的な行動を模倣・代替するための計算機技術」と捉えると、現代のAIは人の知的な行動の中でも、特に異常検知や画像に写っている物の識別など「予測」「判断」「判別」を得意とする。
そうした中で、今回両者が研究の主題とするキーワードは「発見」だ。人がこれまでの歴史の中でまだ見つけていない、あるいは、思いついていないような社会課題の解決策がAIによって発見される可能性に挑むという。
富士通の研究本部で発見数理プロジェクトのディレクターを務める高橋哲朗氏は「今回の研究テーマは従来のAIの延長線上にあるのではなく、私たちは新しい挑戦をしようとしているんです」と頬を緩ませた。
富士通は、複数のデータの中から因果関係を抽出する「因果発見技術」に強みを持つ。同社は2022年3月にも、がんの薬剤耐性と遺伝子発現に関わる未知の因果メカニズムを発見する技術について報告していた。
同社はこの技術について、AIによる未知の因果関係の発見を促すために、より高精度に有用な因果関係を導けるような手法や、導いた因果関係の中から社会課題の解決につながる関係を選択する手法などの開発を進めたいそうだ。
そのためには、数理技術の研究に関する実績が豊富な東北大学がうってつけだった。材料科学での先駆的な実績も有する上、経済学など人文社会科学系を含めた幅広い学術分野への数理技術の展開も特徴的だ。両者は今後、発見知能を実現するための発見数理技術を研究に着手する。
データ活用を学ぶ際の相関関係の例として「おむつとビール」をご存知だろうか。ドラッグストアでおむつを買った人はビールも一緒に買う傾向にあるというマーケティング事例である。このような場面では、人間が売り上げの相関関係について仮説を立てた上でデータ分析が行われる。
しかし、今後発見知能が実現されれば、人間が仮説を立てることなく何らかの事象についての因果関係をAIが見つけられるようになるのだという。つまり、新しい仮説それ自体をAIが見つけられるようになるのが将来的な目標だ。
東北大学 数理科学連携研究センターの水藤寛教授は「数理の研究は事象を抽象化して考える癖があります。物事を抽象化することで、全く別の分野を見比べたときに相似性や共通点が見えることがあるんです。富士通が持つ因果発見技術に私たちの数理研究が加わることで、因果関係を抽象化して一般化できるようになるはずなので、一見したら全然関係ないような事象に共通点を見出すヒントになるでしょう」と語っていた。
例えば、社会学は人と人とのつながりや相互作用を研究する学問だと言えるが、人のつながりを別の視点から見ると公衆衛生学での感染症拡大の伝播の研究にも応用できるかもしれない。または、心理的な安心を得るためのコミュニティ形成の研究にも応用できるかもしれない。このように、異なる研究分野の知見をつなぎ合わせ、これまでになかったような社会課題解決の糸口を探るのが、両者が研究する発見数理技術だ。
今回の研究の運営総括責任者を務める富士通の発見数理プロジェクトマネージャー 樋口博之特任教授は「今回の研究プロジェクトは、抽象化が得意な東北大学の数値研究と計算機の力を存分に活用した富士通の技術によって行われるものです。現時点で将来の具体的な成果を明確にお伝えするのは難しいですが、反対に、現在では想像もできないような仕組みの発見につながれば嬉しいですね」とコメント。
また、東北大学の安東弘泰教授も「富士通との共創研究所の取り組みによって、富士通と一緒に研究するからこそ出せる成果を見つけてみたいです。お互いの素晴らしい技術や知見を世間の皆様にお伝えしていきたいです」と述べていた。