宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9月1日、次期基幹ロケット「H3」に関する記者説明会を開催し、第1段エンジン「LE-9」の開発状況について説明した。初号機の2回にわたる打ち上げ延期の原因となっていたターボポンプの振動問題については、ほぼ解決。今後、燃焼試験を進め、2022年度内に打ち上げる方針を固めたという。

  • H3ロケットの岡田匡史プロジェクトマネージャ(JAXA宇宙輸送技術部門)

    H3ロケットの岡田匡史プロジェクトマネージャ(JAXA宇宙輸送技術部門)

リスク低減のため用意した複数の“矢”

H3ロケットは当初、2020年度の打ち上げを予定していたが、開発も大詰めの同年5月に実施したLE-9エンジンの燃焼試験において、問題が発生。この解決に時間を要するため、1年の延期が決まった。しかし改良したエンジンにも新たな問題が見つかり、2022年1月に、打ち上げの再延期を発表していた。

参考:H3ロケットの打ち上げ再延期が決定、LE-9エンジンに発生した新たな問題とは?

問題となっていたのは、液体の推進剤を加圧し、燃焼室に送り込むターボポンプという装置。この装置は内部に高速に回転する部品を持つため、本質的に振動の問題が発生しやすい。LE-9エンジンでは、共振とフラッタという2種類の振動現象が見つかっており、設計の変更が必要となっていた。

  • 左上がターボポンプのカットモデル

    左上がターボポンプのカットモデル。内部の軸部分が高速に回転するため、振動の問題が発生しやすい (C)JAXA

しかし、設計を変更すると、それによって新たな問題が発生するというリスクもある。これを避けるため、プロジェクトチームは、複数の案を並行開発。従来方針を維持し、実績を重視した案から、抜本的に変更する案まで、複数のプランを用意しておくことで、もし新たな問題が見つかっても、これ以上開発が遅れないようにした。

これらの案を並行開発するために、複数の設計チームを編成。さらに、異例とも言える「「ターボポンプ開発推進室」を常設、JAXA、三菱重工業、IHIのマネージャ級が密に議論できる体制を整えた。JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャは、これにより、「技術的な決断や、アクションが迅速に取れるようになった」と、手応えを述べる。

  • H3
  • H3
  • こういった取り組みにより、開発を加速。これまで(左)に比べ、設計や製造の工程が短縮されている (C)JAXA

設計案は、液体水素側のターボポンプ(FTP)と液体酸素側のターボポンプ(OTP)それぞれに、複数用意する計画。岡田プロマネは、これを「矢」にたとえる。最小限の変更にとどめる“0の矢”から始め、準備できたものから、“1の矢”、“2の矢”と放っていく考えだ。

  • FTPとOTPで準備する「矢」

    FTPとOTPで準備する「矢」。複数のプランを用意することで、リスクを最小化する (C)JAXA

このうち、“0の矢”と“1の矢”については、3月~6月に、種子島宇宙センターで燃焼試験を8回実施。振動を直接調べられる翼振動計測試験で得られたデータを評価し、その結果、初号機に適用する設計案として、FTPに“0の矢”、OTPに“1の矢”を選定した。

この組み合わせのLE-9エンジン(認定型#3)を使い、7月からは、認定燃焼試験を開始。前半シリーズとなる5回が完了し、ターボポンプの健全性が確認できたことから、「リスクは十分下げられた」と判断。次のステップとして、初号機に実際に搭載するフライト用エンジンの領収燃焼試験(AT)へ進めることを決めた。

  • 認定燃焼試験の5回目

    認定燃焼試験の5回目。LE-9は電動バルブを採用しており、1回の燃焼試験で、様々な条件をテストできる (C)JAXA

  • 認定燃焼試験では、燃焼温度が高くなる混合比でもテスト

    認定燃焼試験では、燃焼温度が高くなる混合比でもテスト。確認が必要な範囲(点線)の外側まで調べた (C)JAXA

ATの後には、引き続き認定燃焼試験の後半シリーズを実施する。前半では、通常より厳しい作動条件の試験をクリアしており、後半の4回では、寿命を中心に実証していく。本来であれば、認定燃焼試験を全て完了してからATへ移行するのだが、後半のリスクは小さいと判断。打ち上げを早めるため、ATの実施を前倒しした。

注目のCFTは11月上旬~中旬に実施!

初号機は「H3-22S」型のため、LE-9エンジンは2基搭載する。今後、1基目のATを9月上旬、2基目のATを9月下旬に実施する予定だ。

  • H3ロケットの概要

    H3ロケットの概要。固体ロケットブースタ(SRB-3)が無い形態もあるのが大きな特徴だ (C)JAXA

またLE-9エンジンの開発にメドが立ったことから、並行して、射場では「実機型ステージ燃焼試験」(CFT)の準備も進める。これまで、機体は第1段と第2段を切り離して横向きに保管していたが、移動発射台の上で組み立てる作業(VOS)を開始。その後、11月上旬~中旬に、CFTを実施する予定だ。

  • 2021年に実施された組み立て作業(VOS)の様子

    2021年に実施された組み立て作業(VOS)の様子 (C)JAXA

このCFTは、LE-9エンジンだけでなく、H3ロケット実機の燃料/酸化剤タンクも組み合わせた燃焼試験となる。打ち上げ前の最後の大型試験と言え、これを無事クリアできれば、いよいよ打ち上げが視野に入る。CFTの完了後に、打ち上げ時期が決定されることになるが、JAXAとしては2022年度内の打ち上げを目指す考え。

  • 今後の作業の流れ

    今後の作業の流れ。CFTは、固体ロケットブースタ(SRB-3)無し/衛星無しの状態で行う (C)JAXA

ただ、今回メドが立ったのは初号機に搭載するタイプ1エンジンだけで、2号機以降で搭載するタイプ2エンジンについては、引き続き開発を進める。タイプ2エンジンでは、低コスト化のために新たに3Dプリンタ製の噴射器(インジェクタ)を採用。ターボポンプについては、“2の矢”も含めて検討し、最適な仕様を選定する計画だ。

LE-9エンジンは本来、大幅な推力の調節(スロットリング)が可能だ。しかし初号機に搭載する先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の打ち上げは、スロットリング無しでも問題は無く、定格付近での作動のみ確認できていれば問題は無い。タイプ1エンジンは初号機に最適化することで、より早く・確実に打ち上げるのが狙いだ。

日本の宇宙基本計画では、様々なミッションを実行していくことが決まっており、JAXAにはその着実な遂行が求められている。しかしH3ロケットの完成が遅れれば遅れるほど、ミッションに与える影響は大きくなる。これを重く受け止め、これ以上、打ち上げを遅らせないよう、複数の“矢”による並行開発などの取り組みを行ったという。

  • H3ロケットで打ち上げる予定の衛星

    青枠が、H3ロケットで打ち上げる予定の衛星 (宇宙基本計画より抜粋)

またH3ロケットは、商業打ち上げ市場でのシェア拡大も狙う。現在、ロシアのウクライナ侵攻を受け、ソユーズは実質的に使えない状況にあり、他国の新型ロケットの開発も遅れている。シェア獲得のためには、なるべく早く打ち上げたいところで、岡田プロマネは「早く完成させ、世界に貢献したい」と意気込んだ。