長年に渡り培ってきた経験・ナレッジを通して、“結果を重視したコンサルティング”を展開するインサイト・ピークス。代表取締役社長を務めるのは、かつてP&Gにて新商品開発やマーケティング戦略を牽引し、現在ビジネス・マーケティング・リサーチ・キャリアコンサルタント、NLP国際認定コーチとしても活躍する米田恵美子氏だ。

ヒット商品の裏には必ず開発秘話や苦労話、思いがけない転機がある。今やP&Gを代表する商品の1つと言っても過言ではない消臭芳香スプレー「ファブリーズ」も、市場で確固たる地位を築くまでにはさまざまな試練があったという。

6月23日、24日に開催された「TECH+ EXPO 2022 Summer for データ活用 データから導く次の一手」では、ファブリーズをヒット商品へと導いた米田氏が登壇。アサヒビール 消費者インサイト室の西山雅子氏が進行役を務め、「データでは読めなかったファブリーズ大成功の理由~データで事前予測できないからこそのイノベーション~」と題した講演を行った。

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発売前調査で“売れそうにない商品”という予測

1993年3月にP&Gが発売した、世界初の消臭芳香スプレー「ファブリーズ」。現在でこそ誰もが知るベストセラー商品となっているが、その開発から販売、ヒットに至るまでには大きな苦労があったという。当時、P&G消費者/市場戦略本部・CMK(Consumer Market Knowledge)において、新商品開発やマーケティング戦略を担当していた米田氏は「1993年当時、世の中にはスプレータイプの消臭芳香剤が全くありませんでした。皆さんが“見たことも、聞いたこともない”商品を売り出すというハードルを超えるためには、多くの試練があったのです」と語る。

ファブリーズが生まれた経緯は、P&Gの開発担当者がトウモロコシ由来の消臭成分「サイクロデキストリン」と出会ったことに端を発している。この成分には、布の奥まで浸透して臭いを取り込み、蒸発時に元から消し去るという特徴があり、それを活かすために漬け込むタイプの製品や、洗濯後に漬けて脱水する製品など数々のプロトタイプが考案された。その1つが、現在のファブリーズの原型となるスプレータイプの製品だった。同社ではテストユーザーの意見を聞きながら、度重なる改良を実施。こうして完成した製品のグローバルテストマーケットには、P&G本社がある米国の隣国であるカナダ、そして「臭いに敏感」という国民性を持つ日本が選ばれた。

「日本人は非常に協力的で、さまざまな意見や要望を寄せていただきました。しかし一方で、販売予測のために行った発売前調査では“買いたい”と回答する方が驚くほど少なかったのです。『 何者なのかよく分からない』『洗濯すれば良いのでは?』『必要だとは思えない 』といった声が多く聞かれ、結果として“売れそうにない商品”という予測が立ってしまったのです」(米田氏)

ヘビーユーザーからの学びを活かして大ヒット商品に

発売前調査はかなり悲観的な結果となってしまったが、P&Gでは「イノベーションの成長曲線は既存品と異なる」と判断。日本国内でエリアを限定したテストマーケットでの発売を決断した。これは、イノベーションは理解されるまで、つまり自分たちの生活に必要だと判断してもらうまでに時間がかかるものの、理解されてからは売上が向上していく、という考え方に基づいている。

  • イノベーションの成長曲線のイメージ図

テストマーケットでの発売当初は、予測通り売上が伸び悩んだという。この状況を打開するべく同社では、実際にファブリーズが使われている姿を見せてもらうため、テストエリアでのアーリーアダプター、特にヘビーユーザーの自宅を訪問。そこでは玄関・寝室・子ども部屋など複数の場所にファブリーズが置かれ、生活の中で使用がルーティーン化していたそうだ。

「P&Gでは当初、例えば焼肉を食べた後の衣服など、どちらかというと1回きりの臭い対策を中心に提案していました。しかしヘビーユーザーの方々は、帰宅後や起床時、掃除後など、日々の生活の中でファブリーズを使う習慣ができていたのです。これはP&Gにとって大きな学びでした」(米田氏)

P&Gではこの“習慣化”という学びをマーケティングに活用し、ファブリーズを未知の存在と捉えているユーザーに提案。結果としてファブリーズの認知度はティッピングポイント(変化が急速に広がる転換点)を超え、全国販売後には消臭芳香剤市場を約2倍まで拡大させるという偉業を成し遂げた。