イノカとデロイト トーマツ コンサルティングは7月25日、海洋資源の保全と活用を両立させる経済活動である「ブルーエコノミー」推進に向けたアライアンスの締結を発表した。両社は今後、企業がブルーエコノミーに戦略的に対応していくためのコンサルティングおよび、サンゴをはじめとする海洋生態系の保全に向けた共同研究に関する協業を進める。

同日には、アライアンスで目指すことや共同研究のベースとなるイノカの技術を活用した海洋環境のモニタリングなどを紹介するメディア向けの発表会が開かれた。

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AIやIoTを活用して、サンゴの健康状態をモニタリング

イノカは2019年4月に設立したスタートアップで、都市部にサンゴ礁を再現する「環境移送技術」を有している。サンゴ礁には海洋生物の25%が生息し、またサンゴ礁自体がさまざまな要素に影響を受けやすいという特徴があり、海洋生態系の状態を評価・モニタリングするうえでの指標生物として活用できるという。

同社の環境移送技術とAIやIoTを活用して、サンゴの健康状態の把握を通じて海洋環境への影響を評価したり、モニタリングすることが可能だ。

  • イノカの「環境移送技術」を利用した海洋生態系のモニタリング実験環境、出所:イノカ

    イノカの「環境移送技術」を利用した海洋生態系のモニタリング実験環境、出所:イノカ

イノカ 代表取締役CEOの高倉葉太氏は、「従来は、海を再現した環境を整備するのが難しく、サンゴを利用した実験を行うために沖縄などのサンゴ分布海域まで行く必要があったが、当社では自社で保有する水槽にて生育したサンゴで遺伝的に厳密な対照サンプルを確保できる。異分野の研究者を巻き込み、海洋生物・生態系の新たな健康診断技術や保全技術も開発しており、海を見える化する技術を提供することで、新しいビジネスの策定を支援していきたい」と語った。

  • イノカ 代表取締役CEO 高倉葉太氏

    イノカ 代表取締役CEO 高倉葉太氏

次なる国際イニシアチブ「TNFD」でのルールメイキングを目指す

両社によれば、ブルーエコノミーとは海洋資源の保全と持続可能な形での活用を前提に海洋の可能性を解放し、経済価値・社会価値を両立させる経済活動のことを指し、SDGs(持続可能な開発目標)の14番目の目標「海の豊かさを守ろう」とも関連が深い考え方だという。関連産業には、漁業・養殖業、洋上風力発電などのエネルギー産業、観光業などをはじめ、海洋淡水化、バイオテクノロジーなど海洋に関わるさまざまなビジネスが含まれる。

  • 「ブルーエコノミー」の定義と関連産業、出所:デロイト トーマツ コンサルティング

    「ブルーエコノミー」の定義と関連産業、出所:デロイト トーマツ コンサルティング

デロイト トーマツグループの戦略コンサルティング部門であるモニター デロイトは、ブルーエコノミー関連のグローバルの市場規模は2030年までに約500兆円に到達し、日本国内においても市場規模は約28兆円に達すると試算する。

他方で、国際イニシアチブの「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」に続き、2021年からは自然への影響度を企業が開示する枠組み作りを目指す「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」が発足し、2023年9月に最終版の策定に向けてルールメイキングが進められている。だが、現状では、気候変動に対する「GHG(温室効果ガス)排出量」のようなわかりやすいKPIがTNFDでは定まっていない。

今回両社は海洋領域において日本がルールメイキングや戦略的な経済活動を展開できるよう、国内で先進的な取り組みを共同で進めるべく、今回のアライアンスを締結した。

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員の藤井剛氏は、「多様な産業に対して戦略策定から実行まで含めたコンサルティングサービスのほか、環境政策や生物多様性に係る包括的なサービスも提供している。海は世界とつながっているものであり、海に関する新しいルールやビジネスモデルを作ることが、世界に通用するようなビジネスや技術を作り出し、展開するチャンスと捉えている」と述べた。

  • デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 藤井 剛氏

    デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 藤井 剛氏

テクノロジー活用した企業事例の創出に注力

自然環境の中でも海洋に注目する理由について、説明会では日本が“海洋大国”である点が強調された。

日本は領海が領土の12倍あり、海洋生物多様性の評価指標となるサンゴの半数以上の種が生息している。また、海洋生物多様性からは世界全体で年間数百兆円規模の経済価値が創出されている一方で、サンゴの70~90%が2040年までに地球温暖化・海水温上昇によって死滅すると予想されているという。

  • 日本が“海洋大国”だからこそ両社はブルーエコノミーに注力する、出所:イノカ(資料より一部抜粋)

    日本が“海洋大国”だからこそ両社はブルーエコノミーに注力する、出所:イノカ(資料より一部抜粋)

  • サンゴ礁から生み出される経済価値だけでも80兆円と言われている、出所:イノカ(資料より一部抜粋)

    サンゴ礁から生み出される経済価値だけでも80兆円と言われている、出所:イノカ(資料より一部抜粋)

イノカ 取締役COOの竹内四季氏は、「脱炭素に関するルールメイキングは、欧州企業がリスクをとって先進的に取り組みながら国際機関への働きかけを通じて欧州主導で進んだ結果、日本企業は後塵を拝した。ブルーエコノミーに関するグローバルルールメイキングは、海洋生物多様性大国である日本がイニシアチブを取ることにより、日本企業のグローバルでの競争力を戦略的に獲得できると考える」と説明した。

  • イノカ 取締役COO 竹内四季氏

    イノカ 取締役COO 竹内四季氏

新しいイニシアチブのルールメイキングにあたっては、民間企業の開示事例を創出していくボトムアップで進んでいくとの見方が有力なことから、両社はテクノロジーを活用した企業での事例創出に力を入れる。

企業向けには、「企業・政府・自治体向けのコンサルティングサービス」を提供し、サンゴに関する知見を活用した科学的な評価手法に基づく環境影響度評価支援・TNFD開示支援を実施していく予定だ。このほか、「産官学のエコシステムの拡大に向けた施策・提言の実施、およびブルーエコノミー分野におけるイノベーションの促進」や「共同研究の実施および政策・ルール提言」も進めていく。

両社は今後3年間で、経営戦略にブルーエコノミーを組み込んだり、そのためのテクノロジーを活用したりする企業を100社、創出する目標を掲げる。