百貨店を訪れる客層に、皆さんはどんなイメージを持っているだろうか? なんとなく女性が多い……、なんとなく年齢層が高いような気がする……。そんな“なんとなく”を可視化するための実証実験を始めたのが、国内有数の百貨店、そごう・西武だ。2021年3月に設立された同社 デジタル戦略本部で取り組みを進める事業デザイン部 システム担当の檀直樹氏に、実験を始めた経緯や、検証から見えてきたこと、今後の計画について、お話を伺った。
客数に頼らず、購買率を上げるためのエッジAIを用いたAIカメラの導入
「今後、百貨店は変わっていかなければいけない」――現在の百貨店業界の置かれた状況は、檀氏のこの一言が物語っている。数年前から、小売業の多様化などで、百貨店には逆風が吹き始めていた。そこに追い打ちをかけた新型コロナウイルスの流行。緊急事態宣言の発令によって百貨店は休業を余儀なくされた上、宣言解除後もインバウンド客の激減などにより、来店者数は回復していない。「もはや来店者数をコロナ前と同等に戻すのは難しい」と考えたそごう・西武では、購買率を上げることに着目。デジタル戦略本部を中心に、施策の検討に入った。
百貨店は元々、独自のカード会員(ハウスカード会員)や外商システムを持ち、購入者データの分析には長けている。同社でももちろん、ハウスカード会員の分析を行っており、実際の購入者データもカード会員比率がかなり高かったという。その一方で、来店者に関するデータは延べ来店客数しか取得していなかった。そこで着目したのが、エッジAIを用いたAIカメラによる来店者データの可視化だ。
そごう・西武は2021年9月に、西武渋谷店内に新業態となるメディア型OMO店舗「チューズベース シブヤ(CHOOSEBASE SHIBUYA)」をオープン。ここではAIカメラを導入し、来店者の年代・性別を分析するほか、商品に設置したQRコードの読み取り状況から、来店者の興味関心度合いを測るといった取り組みを行っている。チューズベースでの取り組みに一定の成果を感じたことから、満を持して、本丸である百貨店でも来店者データ可視化の取り組みが始まった。
実証実験から見えてきた新たな発見
今回、そごう・西武が実証実験に使用しているのは、Ideinが提供するエッジAIプラットフォーム「Actcast」だ。その選定理由を檀氏は「高い技術力と、スタートアップならではのスピード感」だと語る。また、小型のデバイスでありながらも、高度なAI分析が可能で、プライバシーへの配慮もされているため、不特定多数の人が多く出入りする百貨店でも採用しやすかったという。そごう・西武とIdeinは2021年秋から準備を進め、2022年4月から西武池袋本店、6月にはそごう大宮店での実証実験をスタート。両店舗が選ばれたのは、「池袋本店は当社で一番売上の高い店舗。大宮店は郊外型でも規模の大きな店舗で両店ともに今後構造改革を行う予定もあるから」(檀氏)だ。
西武池袋本店では実証実験期間中、地下1階と2階に合計29台のAIカメラが設置され、性別と年代という顧客属性のデータを取得している。
実証実験は進行中だが、すでに思わぬ発見があったという。以前から取得していた購買者データでは、池袋本店のメインは40~50代だった。しかし、実際には、来店者のメインは20~40代であることが判明。せっかく若い世代が来てくれているのだから、「もっとその世代向けに喜んでもらえるような商品を用意したり、イベントを開催したりしなければいけない」といった売り場づくりへのヒントを得た。また、2階に関して言えば、檀氏らは洋品小物の売り場のあるエリアからへの来店者が多いと思っていたのだが、実際には異なるエリアからの来店者数が多かったのだという。
「このエリアの方が人が多そう、こんな感じの人が多いといった、これまでイメージで捉えていたものが、数値で分かるようになりました」(檀氏)
こうした情報は、店舗におけるリーシングにも影響を与える。百貨店に入居するテナントは当然、立地や人流を考慮して出店先を決めるためだ。立地条件の良い池袋本店はこれまでリーシングに困ることはなかったそうだが、「これからは選ばれる立場になっていく」という危機感を持つ檀氏は、実証実験の結果をリーシングの際に提示する資料にも反映したいと考えている。
「(このようなデータがあれば)お取引先に対しても、“結構多く人が来ているんです”ではなく、どの時間帯に何人の人が来ていると、定量的に示すことができます」(檀氏)