各社が利用拡大を進めている「水素エネルギー」

2022年の日本では、各地で観測史上最短の梅雨明けを記録し、6月中にも関わらず40℃を超す気温を記録する地域も出ている。

このような異常気象は、日本に限った話ではなく、世界の平均気温は産業革命前と比較して約1.1℃の上昇がみられるという。

気温上昇や気候変動の一因とされている「温室効果ガス」。2022年10月に日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言した。

そこで注目されているエネルギーが「水素」だ。利用段階でCO2が発生せず、家庭用燃料電池や、自動車の動力源としての利用拡大が期待されている。

日本でも水素の製造や利用拡大について各社が事業を進めている。燃料電池自動車(FCV)向けに水素充填を行う「水素ステーション」の設置を進めるなど、水素事業に力を入れるENEOSは、2022年5月に東日本旅客鉄道(JR東日本)と鉄道の脱炭素化に向けたCO2フリー水素※1の利用拡大に向けた共同検討を開始したと発表※2

FCV「MIRAI」を開発するトヨタは2022年6月に水素をエネルギーとして簡単に使えるよう、水素の持ち運びができる「ポータブル水素カートリッジ」のプロトタイプを発表※3するなど、水素関連ビジネスは拡大している印象だ。

シミュレーションソフトウェアを提供する「Ansys」でも「グローバルでも水素関連ソリューションの取り扱いが増えているが、日本での水素関連パートナーの増加が特に顕著だ」という。

今回、Ansysの日本法人、アンシス・ジャパンの岡田泰彰氏に、水素関連ビジネスのどの部分にシミュレーション技術が使われているのかなど、水素とシミュレーションの関係についてお伺いした。

  • 今回、Ansysの水素関連ソリューションについてお話をお伺いしたアンシス・ジャパンの岡田泰彰氏

    今回、Ansysの水素関連ソリューションについてお話をお伺いした、Ansysの日本法人、アンシス・ジャパンの岡田泰彰氏

貯蔵タンクの設計や、水素の燃焼効率向上のために活用されるシミュレーション

水素関連の話題では表立っては出てこないが、実は水素の製造、貯蔵、輸送、利用といったすべての段階で、シミュレーションが活用されているのだという。Ansysのシミュレーション技術は、燃料電池に関する論文など、水素技術関連の論文でも使用されている。

  • Ansysの水素関連シミュレーションの利用範囲。製造から利用までさまざまな部分で活用が可能だという

    Ansysの水素関連シミュレーションの利用範囲。製造から利用までさまざまな部分で活用が可能だという(提供:Ansys)

製造の面では、水素の燃焼効率を向上させるための計算や、水素製造に使用される機器のパフォーマンス最適化などに主に用いられているようだ。

また、貯蔵や輸送の面では、貯蔵タンクの設計のための解析や、輸送の際の水素漏出による火炎伝播のシミュレーションなど、危険性の管理やより信頼性のある容器の開発などに用いられているという。

  • 水素貯蔵や輸送における危険性の管理のために用いたAnsysのシミュレーションソリューションの例

    水素貯蔵や輸送における危険性の管理のために用いたAnsysのシミュレーションソリューションの一例(提供:Ansys)

「輸送で言えば、可燃性の高い水素を安全に運ぶために、漏洩した際の気化範囲などを計算し、それによって製造材料などを決定するといった形で使用されています」(岡田氏)

岡田氏によると、Ansysのソリューションでは水素を動力源として使う際の“利用”の部分で特徴的な技術を持つといい、「水素燃焼のシミュレーションはAnsysの製品でしかできないであろうと考えています。複数の素反応からシミュレーション結果に影響のない素反応を抜いて計算するような製品もあります」という。

  • 水素の燃焼に関するAnsysのソリューションの一例

    水素の燃焼に関するAnsysのソリューションの一例(提供:Ansys)

Ansysでは、同社のシミュレーション技術を水素だけでなくバイオ燃料で注目されている「藻類」の発電システムに応用するなど、これから技術開発がより活発になる次世代エネルギーへの活用を活発化させる方針だ。

水素エネルギーの普及には、コスト削減のための、製造、輸送、貯蔵の各段階での効率化といった技術開発が欠かせない。そういった技術開発を支えるシミュレーション技術。今後の活用事例にも注目したい。

文中注釈

※1利用時だけでなく、製造時にもCO2を出さずに製造した水素。再生可能エネルギーを用いた製造などが主。
※2:https://www.eneos.co.jp/newsrelease/uploadpdf/2022052501012008355.pdf
※3:https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/37405940.html