カルボン酸のメチル基に14Cがある場合に、メチル基がアミノ基に変わることで、アミノ酸が生成される可能性から検証を開始。一般に、β崩壊した同位体は電子や反ニュートリノなどの放射線を出すため、その反跳を受けて運動量を持つようになる。それによりメチル基が結合していた炭素との結合が切られると、アミノ基としてとどまることはできないことから、アミノ酸の生成プロセスにおいては、14Cがβ崩壊した後に、どれくらいの確率で14Nがアミノ酸の一部としてとどまるかが鍵となるという。

そこで、カルボン酸の一種であるプロピオン酸(CH3CH2COOH)で、末端のメチル基に14Cを持つもの([14C]プロピオン酸)から、β崩壊により最も単純な構造のアミノ酸であるグリシン(NH2CH2COOH)が生成される確率が、数値計算シミュレーションを用いて見積もられたところ、反跳を受けた14Nがグリシンの一部としてとどまる場合と遊離する場合を、β崩壊の150フェムト秒後の軌道の違いで識別できることが判明。これらの解析から、[14C]プロピオン酸の約81%が、β崩壊後にグリシン(グリシニウム)に変換するという結果が得られたとする。

  • プロピオン酸からグリシンが生成される過程

    (左)14Cを含むプロピオン酸からグリシンが生成される過程。(右)14Cのベータ崩壊とその際に受ける反跳 (出所:理研Webサイト)

この結果は、メチル基に14Cを持つ[14C]プロピオン酸が存在した場合に、これがβ崩壊によりグリシンに遷移する確率を示すものであり、14Cの半減期は5730年と長いが、今回の計算が正しいとすると、十分な量の[14C]プロピオン酸を数か月置けば、液体クロマトグラフィー質量分析法などの検出感度の高い分析技術を用いることで、グリシンが検出できると考えられるとのことで、研究チームでは今後、この仮定に基づく実験的な検証を計画しているとする。

  • 反跳したアミニルラジカルの軌道の時間発展

    反跳した14N(アミニルラジカル)の軌道の時間発展 (出所:理研Webサイト)

なお、今回の研究で提案されたアミノ酸の生成経路は、生命誕生に必須なアミノ酸の起源を説明する新たなシナリオになり得ると研究チームでは説明するが、このシナリオが実際に成立するかどうかは、「生命が誕生したとされる約40億年前の地球で、14Cはどれくらいの比率で存在していたのか」といった、さまざまな前提条件に大きく左右されるとしている。そのため、アミノ酸の起源についての今回のシナリオを完成させるには、実験検証のための分析化学をはじめ、β崩壊や分子軌道について知るための物理学、太古の地球環境を知るための地球惑星科学、生体のアミノ酸について知るための生物学など、広い分野における知見が必要となることから、研究チームでは、さまざま知見を結集させ、生命はどこから来たのかという根源的な問いに答えを出していきたいとしている。

  • ベータ崩壊後に反跳を受けた14Nの挙動

    ベータ崩壊後に反跳を受けた14Nの挙動 (出所:理研Webサイト)