アクセンチュアは3月31日、生活者の視点から社会やビジネスの変化とともに、企業が押さえるべきデザイントレンドをまとめたレポート「FJORD TRENDS(フィヨルド・トレンド)2022~新たな日々を織りなすもの~」の日本語翻訳版の発行を発表した。同レポートでは、新型コロナウイルスのパンデミックにより社会の在り方や、人とさまざまな要素の関係性が変化したことを踏まえ、ビジネスのあり方を再設計する必要があると論じている。
同日には記者説明会が開催され、レポートで紹介されている文化、社会、ビジネスに影響を与えるであろう5つのトレンドが紹介された。5つのテーマは以下のとおり。
- あるがままに
- 飽くなき欲望に終止符
- 次なる開拓地
- 真実の拠り所
- 「ケア」を大切に
5つのトレンドについては、アクセンチュア インタラクティブ本部のエドアルド・クランツ氏とシニア・マネジャーの小町洋子氏が解説した。
クランツ氏は、「仕事との関わり方、物を消費する方法、出かける先(リアルだけでなくメタバースも)、物事への理解、自分自身をケアする方法など、レポートでは日常生活を構成するもの同士の関係や小さなつながりに着目している。変化そのもの、そして変化の波及によって生じるさらなる変化を、『新たな日々を織りなすもの』と定義している」と説明した。
パンデミックにより、「個人」と「豊かさ」への意識が変わった
「あるがままに」では、個人主義の高まりを指摘した。小町氏は、「人々がありのままの自分をさらけ出すようになり、社会や人々もそれを受け入れる風潮が高まっている。社会や集団の中の私(we)よりも、すべての物事の意思決定の中心に自分(me)を置く『me over we(組織や集団よりも個人)』の考え方が強まっている」と指摘する。
長引くパンデミックにより、個人は内省を深め、自身のウェルビーイングや自分の人生で重要なことを見つめ直しているという。
「we」よりも「me」に焦点を当てた意識の広がりは、従業員と雇用主との関係にも影響を与える。テクノロジーの発展により、オンラインプラットフォームが勃興したことで、個人で稼ぐための選択肢が増えているからだ。そうした社会背景を踏まえ、アクセンチュアは魅力的な仕事が作れているか、福利厚生はアップデートできているかを問う。同時に、「この企業に属する意味がある」と従業員に思ってもらえる価値を提供できているか見直す必要があると説く。
「もはや、採用の競合は業界やビジネスの範疇に限らない。個人の人生にとって魅力的な仕事かどうかという視点が、企業の人材獲得・維持では求められる。また、クリエイター(稼げる個人)は顧客であるだけでなく、競争相手や協働相手にもなり得ることを認識し、企業は対応する必要がある」(小町氏)
「飽くなき欲望に終止符」では、豊かさを示す価値観の変化について触れた。2021年は世界各地でロックダウンが相次ぎ、スエズ運河でのコンテナ船座礁によりサプライチェーンの混乱が起こり、物資の供給に影響が出たため、「欲しいものが手に入らない」経験を多くの人が経験した。気候変動に対する個人の意識の高まりも相まって、「物資が豊富にあって、次々に買い替えることが過剰と捉えられ、同じモノを長く愛用する意向が強まっている」とアクセンチュアはみなす。
価値観の変化にうまく対応している企業の例として、記者説明会ではAppleとPatagoniaが挙げられた。両社はサーキュラーエコノミー(循環型経済)を実現できるような形で、サービスや商品のデザインに取り組む。Appleは「Apple Trade In」という古くなった端末の下取りサービスを実施し、Patagoniaは修理やリユースによって製品寿命を伸ばす「Worn Wear」プロジェクトを実践する。
両社に共通するのは、循環型のビジネスモデルを作るエコシステムの構築だけでなく、人々が参加しやすい「体験」が自社の取り組みに設計されている点だという。
今後、企業には「自社の製品の寿命を伸ばす」こともイノベーションの範疇にあると認識するとともに、カスタマーサポートをコストセンターと捉えず、「愛用」から新たな需要を喚起するマーケティングに活用する視点が求められるという。
現実の顧客とメタバースの顧客を同一視してはならない
「次なる開拓地」では、メタバースの今後と、企業が活用する際の留意点が紹介された。メタバースはすでに「訪問する場所」ではなく、「時間と場所を共有するもの」に進化しており、アクセンチュアは物理的な障壁から解き放たれた「実生活の延長」もしくは「もう1つの実生活」とメタバースを捉えている。
例えば、現実と同様にメタバースでも資産(土地、建物、アイテム、アバター、名前などのデジタルアセット)が売買されている。また、Play-to-earn(プレイしながら稼ぐ)、Create-to-earn(作りながら稼ぐ)、 Learn-to-earn(学びながら稼ぐ) など、新しいモデルの収入源の確保まで見られており、単なる出会いと交流の空間ではなくなっている。
加えて、クランツ氏はメタバースについて、人々が物理世界(現実)と異なる行動を取っていることに注目する。「ある調査によれば、男性の76%はメタバースのような仮想空間では女性のように振る舞っている。しかも、アバターを使うだけでなく、音声を変換して新しい自分を表現している。また、人間関係においても複数の人格や価値観を持ち、自由に使い分けている。物理世界の顧客とメタバースの顧客を同じように考えてはならない」とクランツ氏は述べた。
今後もさまざまな展開が予想されるものの、形が定まっていないメタバースでは、「いろいろと試してみることが成功の鍵」だという。メタバースを取り入れる顧客とどのような関係性を築くのか、単一人格でない顧客を管理する方法、メタバースにおけるデータの使用・保存がどのように影響を与えるかについて、試行と観察が求められる。
あらためて企業に問われる「信頼」と「ケア」
「真実の拠り所」では、情報があふれる中での信頼性に焦点が当てられている。レポートでは、スマートフォンでのタップ操作や音声アシスタントとの短いやり取りなど、デバイスやテクノロジ―の進化で情報を得やすくなった半面、ソーシャルメディアをはじめ、答えを得られる情報源が増えるに従って、フェイクまたは誤解を招く情報が氾濫している点を指摘する。
現代は、多くの情報にアクセスできるのに信頼できる情報がない「情報破綻」に陥っており、専門家や政府に対する信頼が低下しているという。
企業の視点で見れば、現代の情報社会では顧客から受ける質問内容やチャネルの多様化が鍵となり、質問にどのように回答するかがデザインにおける課題となる。そのため、どの情報を開示するか、どのように表示し伝えるか、というコンテンツデザインの発想が企業には求められる。「自社の情報設計を再考するタイミングだ」とクランツ氏は論じた。
「『ケア』を大切に」では、小町氏が「健康や医療に関する資格の有無にかかわらず、ケアは企業やブランドにとってチャンスであり、課題でもある」と述べ、セルフケア、他人のケア、ケアに関するサービスなど、あらゆる形態でのケアに着目した。
アクセンチュアの調査によれば、ケアの要素を持つ商品・サービスやブランドの伸びが顕著で、テクノロジーとフィジカルを組み合わせた新しいケアのあり方も浸透してきているという。例えば、健康状態をモニタリングするセルフケアをサポートするサービスや、ケアオロジーと呼ばれるがん患者のためのネットワーク構築支援サービスが挙げられた。
すでに、テクノロジーはケアを成り立たせる根幹の要素になっており、ヘルスケア業界だけに留まらず、あらゆる企業・ブランドがケアを示すか、どうやってデザインするかを考える必要があるという。ケアへの注目やケアを求める声が高まっている一方で、日本の男性の育休取得率が低い点などを挙げつつ、小町氏は「日本におけるケアの浸透に課題がある」とした。
課題解決のためには、マインドセットのシフトだけでなく、企業・組織運営におけるシステムやルールにケアの発想を組み込むことが重要だという。説明会では、社員を画一的な労働力でなく1人1人異なるタレントして扱う、社員の行動を阻害するNG項目を定めるのではなくクリエイティビティを発揮できるルール設定をするなど、ケアの発想を組み込むうえでのヒントが示された。
「企業はサービスを見直すうえで、ケアの視点が活用できる。顧客にとって大事な瞬間に寄り添えるサービスになっているか、アクセスしやすいサービスになっているか振り返り、必要であれば見直すべきだ」と語った。