近畿大学(近大)と科学技術振興機構(JST)は3月22日、物理学で用いる高精度な数値計算手法「PEPS(Projected entangled pair state)法」と、量子の複雑な挙動を再現するアナログ量子シミュレーションという2つの方法で二次元空間において多数の量子の動きを調べ、この2つの手法の性能を相互検証した結果、双方の信頼性を確認することができたこと、ならびにPEPS法の信頼性が得られたことで、これまで調べることができていなかった未開拓のパラメータ領域において、同手法を用いて量子情報の伝搬速度を算出することに成功したことを発表した。
同成果は、近大 理工学部理学科 物理学コースの金子隆威研究員、同・段下一平准教授の研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Physics」に掲載された。
量子は、電子や原子、エネルギー量子などに代表される、ナノメートル以下の小さな粒子やエネルギーの単位であり、その運動は「量子力学」に沿っていることが知られている。また、金属や半導体内の電子のように、量子力学に従う小さな粒子が数多く集まってできている物体は「量子多体系」と呼ばれており、この量子多体系の性質をより正確に理解することが、今後、各種の電子機器の発展に重要とされている。
しかし、量子多体系を理論的に調べることは困難であり、そこで起こる物理現象についても良く分かっていないことが多い。そこで近年、量子多体系をより詳しく解明して新たな物理現象を発見する手段として注目されているのが、量子多体系を制御しやすい別のもので置き換えてアナログ的に再現する手法「アナログ量子シミュレーション」だという。
ただし、アナログ量子シミュレーションの技術は発展途上にあり、開発を進める上では、コンピュータを用いた数値計算手法と量子シミュレータの両方で調査を行い、結果を比較検証することによって、信頼性を高めていく必要があるとされている。しかし、一次元空間では量子多体系を調べるための精密な数値計算手法が確立されており、アナログ量子シミュレーションとの相互検証に利用されているものの、より高次元の空間ではそのような手法がないことが課題だった。
こうした中で研究チームは今回、量子多体系の現象を計算する高精度な数値計算手法の1つであるPEPS法と、光格子中の冷却気体で構成される量子シミュレータの2つを用いて、二次元空間における量子系の情報伝搬の様子をシミュレーションし、相互検証を実施することにしたという。
具体的には、ボース粒子が多数存在する格子状の二次元空間において、量子情報の伝搬の様子をPEPS法で調べ、光格子中の極低温ボース気体からなる量子シミュレータによる結果との直接的な比較を実施。その結果、2つの結果はほぼ一致しており、双方の性能の信頼性が明らかにされたとする。これは、PEPS法がアナログ量子シミュレーションとの相互検証に有用であることが実証されたことを意味するという。
さらに、この検証によって信頼性が示されたPEPS法を用いることで、これまで調べることができていなかった未開拓のパラメータ領域において、量子多体系の情報伝搬速度を算出することにも成功したとしている。
なお、今回の研究成果について研究チームでは、二次元空間における量子シミュレータの性能を検証する新たな手法を提案するもので、今後の量子シミュレータ開発に貢献できるものと期待されるとするほか、量子情報伝搬の基礎理論構築にも役立つとしている。また、今回は量子シミュレータとして光格子中の極低温気体が用いられたが、PEPS法はほかのさまざまな二次元空間の量子シミュレータに対しても相互検証に利用することが可能だともしている。