東北大学は3月15日、重力波により観測されたもっとも重いブラックホール連星が非円軌道にて合体している理由の説明に成功したと発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の田川寛通研究員、デンマークのニールス・ボーア研究所のヨハン・サムシン助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

ブラックホール連星の合体は、重力波望遠鏡を活用することで頻繁に見つかるようになってきたとされるが、実は宇宙のどこでどのようにしてブラックホールが対(連星)をなして合体に至っているのか、そのメカニズムについては良くわかっていないという。

近年の観測から、特徴的な物理量を持つブラックホール合体の1つとして、重力波イベント「GW190521」が報告されたが、このイベントは、これまで理論的に予想されていた質量よりもブラックホールが重いことに加え、合体に付随して光の突発的な放射が観測されたほか、ブラックホールの軌道が合体直前に円軌道でない(高い離心軌道を持つ)ことが示唆されるなど、特異な特徴を示し、通常環境下での合体シナリオでは説明が難しいとされていた。

  • ブラックホール

    大質量ブラックホールの周囲の巨大ガス円盤内に存在する小型ブラックホールの分布の概略図 (c) Johan Samsing (出所:ニールス・ボーア研究所Webサイト)

そこで研究チームは今回、このような特徴を説明できる環境として、銀河の中心領域に着目することにしたという。天の川銀河をはじめ、大半の銀河の中心には太陽の百万倍から数十億倍という大質量ブラックホールが存在していることが知られているが、こうした大質量ブラックホールは、しばしば回転する巨大ガス円盤に囲まれており、巨大ガス円盤内にはたくさんのより小さなブラックホールが存在し、時間をかけて互いに近づいたり対をなしたりすることが理論的に予想されるという。

この際、ブラックホール同士の無秩序な三体系(三連星)が頻繁に形成され、効率的に合体が促進、さらに連続した合体によって重いブラックホールを形成可能であることが今回の研究から示されたとするほか、この環境では、詳細は未解明な部分もあるが、巨大ガス円盤からブラックホールへのガスの降着によって、合体時の光の放射を説明可能であると考えられるとしている。

一方で、重力波の放出によって、軌道離心率がすぐに減衰し、円軌道化してしまうため、高い離心軌道を持った合体を作り出すことは難しいことも知られているが、高い離心軌道での合体を作り出す1つの可能性としては、重力波放出による高い離心率での連星形成が挙げられるという。

このような連星形成は、単星と連星の無秩序な相互作用(連星単星相互作用)の結果として起こることが先行研究により明らかにされていたが、その確率は低いことが見積もられていたことから、今回の特殊なイベントにおいて、さらに高い離心軌道での合体が起こる可能性は低いと考えられていたという。ただし、これらの見積もりでは、ほとんどの星団で期待されるような、三次元的に空間分布したブラックホール同士の相互作用を考えていたことが、低い確率を与える要素となっていたとするが、大質量ブラックホールの周囲の巨大ガス円盤内のようなブラックホールの軌道が、太陽系の惑星のように平面内にある程度そろっている状況を考えると、連星単星相互作用中に連星軌道角運動量が小さい中間状態を作りやすくなるため、高い離心軌道の合体が増えることが期待されるとする。

これの定量的な検証を目的に数値シミュレーションとして、相対論的効果を取り入れたN体重力計算を用いて、星団の形状が球から平面に近づくに従って、連星単星相互作用による合体時の特徴がどのように変化するかが調べられたところ、単星連星相互作用の結果、三体が相互作用している途中に二体が合体する場合を三体合体、三体目が相互作用によって非束縛状態となり、次の相互作用の前に重力波放出によって合体する場合を二体合体と呼び、合体過程が分類され、二体合体に対する三体合体の割合は、ブラックホールの初期軌道が平面軌道に近づくほど上昇し、それにしたがい、高い離心軌道での合体の割合が上昇することが判明し、巨大ガス円盤内での合体によって、GW190521の高い軌道離心率が説明できることが示されたとする。

  • ブラックホール

    大質量ブラックホールの周囲の巨大ガス円盤内での連星単星相互作用により起こる高い離心軌道での連星合体の概略図。上の拡大図は、三体合体による高い離心軌道での合体の軌道が示されている (c) Johan Samsing (出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、ブラックホールスピンの方向に対する連星軌道角運動量の方向の傾きなどのほかの物理量も、巨大ガス円盤内での合体によって、重力波観測の結果を良く説明できることが、計算により求められたとした。

  • ブラックホール

    連星単星相互作用後に二体(クロス)、三体(丸)合体、離心率0.1以上での合体(三角)を引き起こす確率の三体の初期軌道傾斜角への依存性 (c) Johan Samsing (出所:東北大プレスリリースPDF)

これらの結果により、重力波イベントGW190521のすべての特徴的な観測量が、大質量ブラックホールの周囲の巨大ガス円盤内での合体によって説明できることが示されることとなり、研究チームでは、今回の成果について、今後の重力波観測による宇宙物理解明の方向性を決める重要な意味を持つと説明している。

例えば、今後このような環境で起こるブラックホール合体の物理量の分布や、付随する可能性のある光の放射の特徴を用いることで、大質量ブラックホールの周囲の巨大ガス円盤の構造や、大質量ブラックホールと銀河の成長、銀河中心領域のブラックホールの空間分布や質量分布、ガスの降着過程など、重要かつ未解明な過程の理解を進めることにつながるとしている。

また、光の放射を用いて合体が起こっている銀河を同定できれば、宇宙の膨張速度をより精度よく推定し、宇宙膨張の謎の解明に迫る手掛かりを得ることの助けとなるともするほか、このような環境で合体が起こっている場合、大質量ブラックホールによる重力波の強い重力レンズ効果や、将来の重力波観測衛星による観測結果と組み合わせて解析を行うことで、一般相対性理論をより詳細に検証できる実験場となることも期待されるとしている。