電気通信大学(電通大)は3月1日、太陽コロナに存在する「アルゴンイオン(Ar13+)」を実験室で生成することに成功し、同イオンのスペクトルを調べることで、太陽観測衛星「ひので」による太陽コロナ研究のうち、特に電子密度を調べる手法を評価することが可能になったことを発表した。

同成果は、電通大 レーザー新世代研究センターの中村信行教授らの研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

太陽は長年にわたって研究が進められてきたものの、未だに良く分かっていないことが多くある。例えば、太陽表面は絶対温度約6000Kだが、熱源から離れた太陽大気の最外部に存在する太陽コロナ領域は、希薄なプラズマしか存在しないにも関わらず温度が約100万Kにも達しており、この太陽表面と太陽コロナ領域の温度の逆転現象については、磁力が関係していると考えられているが、まだその詳細な仕組みはわかっていない。

こうした太陽における物理現象の解明に向け、国立天文台と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が協力して開発した太陽観測衛星「ひので」が2006年より運用されている。「ひので」には可視光・磁場望遠鏡、X線望遠鏡、極端紫外線撮像分光装置(EIS)という3種類の観測装置が搭載されており、光球(太陽表面)から太陽コロナ層にわたる広い領域において同時観測を行うことができる。特にEISでは、太陽コロナに存在する多価イオンが発する極端紫外スペクトルを調べることで、温度や密度など、太陽活動に関する重要な情報を得ることに成功しているが、スペクトルからこうした情報を正しく読み取るためには、そのスペクトルを発する多価イオンの性質を実験室で詳しく調べ、評価する必要があるという。そこで中村教授らは今回、太陽コロナに存在する多価イオンを実験室で生成し、その極端紫外スペクトルを測定することにしたという。

多価イオンの生成方法には複数の種類があるが、今回の研究ではプラズマの物理状態に関する数理モデルの評価に有用であるとされる電子ビームイオントラップ(EBIT)が用いられた。具体的には、高価数の重元素多価イオンの生成のため、電通大 レーザー新世代研究センター内に設置された「Tokyo-EBIT」と、EBITの基本構造はそのままに、10+程度の価数の多価イオンの観測を目的として同様に同センター内に設置された「Compact EBIT(CoBIT)」の2種類のEBITが用いられた。

この2台の多価イオン生成装置を用いて、太陽フレアの電子密度の診断に重要とされるAr13+(Ar XIV)の波長187.96Åと194.40Åのスペクトル強度比R1、および波長257.37Åと243.79Åの強度比R2の電子密度依存性が求められ、プラズマの電子密度診断で使用される「衝突輻射モデル」を用いて計算された強度比の電子密度依存性と比較を行い、モデルの評価を行ったという。

  • アルゴンイオンのスペクトル

    Tokyo-EBITにおいて取得されたAr XIVのスペクトル (出所:電通大プレスリリースPDF)

その結果、いずれも理論値と良い一致が示されたとのことで、これにより、太陽コロナ中で絶対温度300万K以上の高温領域に対して、Ar13+の観測スペクトルと衝突輻射モデルの比較による天体プラズマの電子密度診断が有用であることが確認されたとする。

  • アルゴンイオンの評価結果

    Ar13+における強度比の電子密度依存性と衝突輻射モデル(CRM)の評価結果 (出所:電通大プレスリリースPDF)

研究チームでは、今回の研究で測定された多価イオンのスペクトルを「ひので」を用いて観測することで、フレアを含む太陽コロナの活動的な領域を解読することが可能になるとしており、それにより、いまだ原因が特定されていない加熱現象の原因究明に有用な電子密度などのデータが得られることが期待されるとする。また、今後については、カルシウムイオンCa14+(Ca XV)など、さらに高温の領域に有用なイオンのスペクトルを調べ、より広い温度範囲におけるモデルの評価を行う予定としている。