森林研究・整備機構 森林総合研究所(森林総研)森林バイオ研究センターは、森林総研、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、横浜市立大学と共同で、スギのゲノム編集に成功したことを2021年8月31日に発表した。
同研究によって、遺伝子改変技術「CRISPR/Cas9システム(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats CRISPR-Associated Proteins 9:2020年ノーベル化学賞受賞)」を用いて針葉樹であるスギのゲノム編集が実現可能であることが示され、短い期間で狙った形質を有する品種育成が期待できる。
同研究の詳細は、国際科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版にて掲載された。
林木育種は交配と精英樹の選抜を一連の作業とするが、世代が更新されるには10年以上かかる。この林木育種の期間を短縮するために、DNAマーカーを用いて遺伝的に優れた系統の早期選抜など、ゲノム情報にもとづいた育種技術の開発がこれまでされてきた。
DNAを標的として改変するゲノム編集の技術は、2012年に発表されたCRISPR/Cas9システムにより多くの生物へと広まり、林木への利用が期待された。2015年には広葉樹であるポプラをモデルにゲノム編集が報告されたが、針葉樹への報告は皆無であった。
そこで、共同研究チームが、針葉樹であるスギのゲノム編集を試みたという。
アグロバクテリウム法にてCRISPR/Cas9遺伝子ベクターをスギ不定胚形成細胞(以下、細胞)へと導入し最適化を試みた。最適化を検証する方法として、事前に緑色蛍光タンパク質(GFR)を導入し蛍光を有するスギ遺伝子組換え細胞系統を用意し、GFR遺伝子を標的としたゲノム編集による改変効率を調査した。GFR遺伝子が改変されると蛍光が消えた細胞系統が得られる。
その結果、最大41.4%の効率でGFR蛍光を失った細胞系統が得られたという。
これらの調査から、「すべての細胞でゲノム編集に成功して細胞塊全体からGFR蛍光が消えている系統」と「細胞塊の一部でゲノム編集がおき、GFR蛍光の消失が一部である系統」の2パターンに分かれることが明らかとなった。
細胞塊の一部でゲノム編集がおきたパターンの場合はキメラである可能性が危惧され、林木育種への利用が困難であるが、研究を進めていくうち、キメラ個体ができる可能性が約1%と低いことが示されたという。
続いて、ゲノム編集がスギの内在遺伝子の改変にも利用できるかを検証するために、マグネシウムキラターゼ遺伝子をターゲットにゲノム編集を試みた。その結果、白化個体の創出に成功するとともに、標的とした領域の塩基配列が改変されていることが明らかとなった。
研究チームは同成果をスギのゲノム編集に成功した世界初の成果だとしている。
同研究によりCRISPR/Cas9システムによる針葉樹のゲノム編集が可能であることが示された。ゲノム編集により意図したとおりの遺伝子改変ができたことは、優良系統に無花粉化の形質を付加するなど、ピンポイントかつ効率的に望ましい形質を付与できる可能性がある。
研究チームは今後、同手法を利用したスギの無花粉化、ゲノム編集効率の向上、スギ以外の樹種への応用などの研究を進めていくとしている。