岐阜大学は、アルツハイマー病および肥満モデルマウスを用い、肥満の長期化に伴い海馬において小胞体ストレスが活性化すること、認知機能に重要な海馬神経新生細胞に発現する「ダブルコルチンmRNA」が小胞体ストレス誘導性マイクロRNAにより分解されることを確認したと発表した。

同成果は、岐阜大大学院 医学系研究科 再生医科学専攻の中川潔美大学院生、同医学研究科 神経生物学分野の中川敏幸教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

日本では現在、高齢者の25%が認知症またはその予備群とされており、その認知症の60~80%がアルツハイマー病とされている。また、認知症の有病率は年齢とともに上昇する傾向があり、高齢化社会において、認知症の発症を遅らせ、進行を緩やかにする予防法の開発が課題とされている。

例えば認知症に対する運動の効果として、マウスによる実験から、海馬歯状回の神経新生と脳由来神経栄養因子の誘導が期待されている。近年の研究から、ヒトの海馬歯状回では、1日700個のニューロンが生まれ、1年間に歯状回ニューロンの1.75%が新生ニューロンに置き換わることがわかってきたが、認知症発症の危険因子について、神経新生への作用機構が示されたエビデンスはほとんどないのが現状だという。

そうした背景を踏まえ研究チームでは今回、高齢者の認知症発症に、運動不足(寄与率:3%)や肥満・糖尿病(各寄与率:1%)が関与することが示唆されていることから、長期の肥満マウスを作製。このモデルマウスを用いて、海馬神経新生への作用の検討を行い、神経新生細胞の分化に対する長期肥満の作用機構を調べることにしたとする。

  • 認知症

    研究成果の概要図。(健康の海馬)黄色:神経幹細胞、緑色:ダブルコルチン陽性未分化神経細胞、赤色:成熟神経細胞 (出所:同大によるPRWire掲載資料)

具体的には、アルツハイマー病モデルマウスと野生型マウスに高脂肪食の餌を長期間(前者43週間、後者67週間)与え、長期間継続する肥満・糖尿病マウスを作製し、その認知障害を物体位置認識試験から解析したところ、移動させた物体の探索時間が有意に短くなり、行動の異常が確認されたほか、その海馬において、細胞内小器官の1つである小胞体の発するストレスシグナルの活性化が、ウエスタンブロットと免疫組織染色にて確認された。また、未分化神経細胞に特異的に発現する、微小管結合タンパク質であるダブルコルチンの神経突起が短いことも確認されたという。

  • 認知症

    アルツハイマー病モデルマウスの体重変化。25~27週齢マウスに高脂肪食(HFD)とコントロール食(standard)が与えられ、長期肥満マウスが作製された (出所:同大によるPRWire掲載資料)

  • 認知症

    物体位置認識試験。3物体の位置をマウスに覚えさせ(左)、2分後にひとつの物体の位置を移動したケージにマウスを移し、物体の探索時間が解析された。(コントロール餌を与えたマウス(上段)、高脂肪食を与えたマウス(下段)) (出所:同大によるPRWire掲載資料)

さらに、マウスの海馬から神経幹細胞を培養し、分化中の細胞に小胞体ストレス刺激を行い、ダブルコルチンの発現を調べたところ、ダブルコルチンのmRNAが減少することが判明。この減少がタンパク質(Dicer)のノックダウンにて回復することから、小胞体ストレス刺激後にRNA抽出が行われ、マイクロRNAシークエンシングにてコントロールとの比較したところ、小胞体ストレス刺激をした未分化神経細胞にて、miR-148a-5p、miR-129b-3p、miR-135a-2-3pといったマイクロRNAの発現増加と、miR-1247-3pの減少が認められたとする。

  • 認知症

    ダブルコルチン(Dcx)の免疫組織染色(海馬歯状回)。レプチン受容体欠損(db/db)マウスとコントロールマウスの5週齢(上段)と45週齢の染色像(右)。A(突起なし)からF(長い成熟した突起)神経突起を示す細胞の割合(左)が示されている。(Dcx(緑)、核染色(青)) (出所:同大によるPRWire掲載資料)

なお、マイクロRNAの標的遺伝子データベースから、miR-129b-3pはダブルコルチンmRNAの3′UTRに結合することが示唆されたという。

  • 認知症

    マイクロRNA(miRNA)シーケンシングのVolcanoプロット。マウス海馬神経幹細胞の分化5日目に、0.23μMタプシガルギン(Tg)またはDMSOを6時間処理後、培養液を交換しさらに6時間後にRNAが抽出された(各n=3)。miRNAシーケンシングが行われ、リードの正規化(CPM)後にFDR < 0.05にて発現変動量が比較された(FC)。(Tg処理で発現が増加したmiRNA(赤丸)、低下したmiRNA(青丸)) (出所:同大によるPRWire掲載資料)

研究チームでは、今回の研究成果結果に基づいて、「海馬神経新生 - 小胞体ストレスの活性化 - マイクロRNAの発現 - ダブルコルチンmRNAの分解」を認知症の発症を遅らせ進行を緩やかにするターゲットとし、このシグナル経路を制御する方法の開発を目指すとしているほか、今回の研究成果が、潜在的に予防可能な認知症発症危険因子の病態解明への一助になることを期待するとしている。