千葉大学と東京工業大学(東工大)は1月20日、これまで謎に包まれていた、体長395μm(約0.4mm)の羽毛甲虫「Paratuposa placentis(P. placentis)」の飛行メカニズムを解明したと発表した。

同成果は、千葉大大学院 工学研究院の劉浩教授、東工大 学術国際情報センターの大西領准教授のほか、モスクワ大学、露・スコルコボ研究所、独・ロストック大学、ロシア・ベトナム共同熱帯研究技術センターの研究者が参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

今から3億年以上前の石炭紀時代に出現したとされる昆虫は現在の地球上に100万~1000万種ほどが生存しているとされ、生態学的影響や生物資源の総量を考えると、地球上で最も繁栄している生物とも考えられる。中でも、その飛行能力は水中を泳いだり、地上を走り抜けるよりも省エネルギーで行え、かつ長い間の進化により、そのメカニズムも精巧で効率的になり、飛行に用いられる翅などの器官は最小200μm程度まで微小化されるまでに至っている。

また、生物の飛行性能は、飛行器官(飛行機の翼にあたる)のサイズによって異なることが知られている。飛行性能に関わる流体現象は、運動器官の大きさと、流体の慣性による力(流体の質量×加速度)と速度に比例する粘性による力の比である「レイノルズ数」の相関で整理され、体長395μmのP.placentisの場合、レイノルズ数が40より小さく(Re<40)、粘性力がより支配的となり、ヒトが感じている以上にもっと粘り気のある空気の中を飛行している状態だと考えられている。

しかし、一般的に、生物のサイズと飛行速度は比例するとされるが、P. placentisは、体長が3倍ほど大きなアザミウマと同じ速度や加速度で飛ぶことができ、かつ、その翅はハエやハチのような膜状ではなく、羽毛状であることから、このサイズの羽毛昆虫には特異な未知の飛行メカニズムが存在することが予想されていたという。

そこで研究チームは今回、共焦点レーザー顕微鏡を用いた胴体や翅の忠実な形態モデル、高速度ビデオ撮影による翅の羽ばたき運動モデル、固体力学と流体力学の計算手法を用いた飛行力学モデルを構築してP. placentisの飛行性能の統合的な解析を実施。その結果、以下の2点が判明したという。

  1. 羽毛状の翅がハエやハチなどの膜翼(まくよく)昆虫にもよく見られる「8の字型」の羽ばたき周期をこなしながら、膜翼とは異なる軌跡として、ほぼ垂直な打ち下ろし・打ち上げ動作と長いつなぎ動作という独特な運動特性を見せる
  2. 鞘翅の開閉運動が羽ばたき運動に誘発される胴体の振動を効果的に抑える

また、これら2つの飛行特性により、羽毛状の翅が圧力と摩擦力による抗力を最大限に利用可能とする渦流れを発生させるとともに、同じサイズの膜状の翅より8割も軽量の羽毛状の翅を使って、微小の筋肉出力で羽ばたき飛行が実現できていることも明らかになったという。

  • Paratuposa placentis

    (左)体長395μmの小さな羽毛甲虫「Paratuposa placentis」。(Farisenkov et al. (2022)より)。(右)飛翔体の運動器官の大きさによる揚力と抗力の発生原理の違い (出所:プレスリリースPDF)

千葉大の劉教授は「センチメートルやミリメートルサイズの膜翅を持つ昆虫は、羽ばたき翅の前縁において渦を発生させ、主に揚力を利用して飛んでいることを我々は実証してきました。それより小さなサイズの昆虫がなぜ羽毛状の翅を持っているのか、それを使ってどのように飛んでいるのかは30年来の謎でした。今回、国際研究チームと一緒にこの謎の解明に貢献できたことをとても嬉しく思います」と述べている。

また、東工大の大西准教授は「数値シミュレーションは流れという目に見えないものを定量的に解析できる強力な武器です。今回、目に見えないほど小さな昆虫の飛翔の解析で、新たな発見に貢献できたことをとても嬉しく思います。今後もスパコンを活用して、環境に潜む流れの科学的解明に取り組みます」とコメントしている。

  • Paratuposa placentis

    (左)羽毛昆虫の翅の大きな羽ばたき運動と鞘翅の小さな振動。(右)シミュレーションにより可視化されたホバリング時の渦流れ。(Farisenkov et al. (2022)より) (出所:プレスリリースPDF)