岐阜薬科大学と岐阜大学は1月11日、脳腫瘍の一種であり、グリア細胞が腫瘍化する「グリオーマ」のうちで発生頻度と悪性度が高い「グリオブラストーマ」の根治を目指した、がん幹細胞に関する新規創薬ターゲットを発見したと発表した。
同成果は、岐阜薬科大大学院 薬科学専攻の平岩茉奈美大学院生(日本学術振興会特別研究員)、岐阜薬科大 薬理学研究室の深澤和也助教、同・家崎高志助教、岐阜薬科大・岐阜大大学院 連合創薬医療情報研究科の檜井栄一教授らを中心に、金沢大学、東京大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の生物科学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Biology」に掲載された。
グリオーマは悪性度によって大きく4つのグレードに分類され、グリオブラストーマは悪性度および発症頻度が最も高く、急速に悪化する頭痛や認知症、運動麻痺などの症状を特徴としている。
標準的な治療法として、まず手術による腫瘍組織の摘出が行われるが、グリオブラストーマは脳組織に染み込むように広がっていくため、完全に取り除くことは不可能とされる。また、手術後に抗がん剤や放射線による治療を行ったとしても、5年生存率は10%程度とあまり高いとはいえず、ここ数十年の間で治療成績に大きな改善は見られていないという。
最近の研究から、治療後にもがん幹細胞が体内に残っていることが、グリオブラストーマの治療を困難にさせる原因の1つとして明らかになってきたが、既存の抗がん剤や放射線に対して治療抵抗性を持つことから、グリオブラストーマの手術後、抗がん剤や放射線治療を行っても5年生存率が10%程度と低いとされている。
がん幹細胞を制圧することができれば、グリオブラストーマの治療成績を向上させ、根治も期待できるようになると考えられているが、がん幹細胞の機能がどのようにして制御されているのか、その詳細なメカニズムについては良く分かっていなかったという。
研究チームはこれまでの研究から、がん幹細胞の「CDK8タンパク質」の働きを阻害することで、がんの進展を抑制することに成功しており、がん幹細胞を標的とする治療法の有効性を証明してきたという。また、骨や脂肪を生み出す間葉系幹細胞の機能調節に「SMURF2タンパク質」が重要であること、さらにSMURF2の働きを制御するスイッチとして、「Thr249」(ヒトのSMURF2を構成する748個のアミノ酸のうち、249番目にあたるスレオニン)のリン酸化の発見などの成果を挙げてきた。
そうした研究を踏まえ今回、SMURF2がグリオーマ幹細胞の機能にどのような影響を与えているのかを調べることを目的に、患者由来のグリオーマ幹細胞を用いた実験を実施。その結果、SMURF2の働きを抑える(=SMURF2抑制細胞を作製する)ことで、がん幹細胞の機能の指標であるスフィア形成能が増強することが確認されたほか、SMURF2抑制細胞をマウスに移植したところ、生存期間の短縮と、腫瘍サイズの増大が認められたことから、がん幹細胞の腫瘍形成能には、SMURF2が重要であることが示されたという。
また、SMURF2の活性がグリオーマの悪性度と関連しているのかどうかについての検討として、グリオーマ患者から摘出された腫瘍組織が調べられたところ、グリオブラストーマを含む悪性度の高い腫瘍組織では、SMURF2のThr249のリン酸化が抑制されていることが判明したという。
この結果を踏まえ、SMURF2発現細胞およびSMURF2のThr249がリン酸化されないグリオーマ幹細胞(=SMURF2リン酸化不活性化細胞)を作製し、観察を行ったところ、SMURF2発現細胞ではスフィア形成能が低下するのに対し、SMURF2リン酸化不活性化細胞では逆に増強することを確認。また、各細胞をマウスに移植したところ、SMURF2発現細胞では生存期間の延長と腫瘍サイズの減少が確認されたが、SMURF2リン酸化不活性化細胞では、生存期間の短縮と腫瘍サイズの増大が認められ、SMURF2によるがん幹細胞の機能調節には、Thr249のリン酸化状態が重要であることも示されたとする。
これらの成果から、SMURF2はどのようなメカニズムでグリオーマ幹細胞の機能を調節しているのかを検討したところ、がん幹細胞の機能調節に重要な「TGFβ受容体」の分解を、SMURF2が促進させていることが判明。SMURF2はTGFβ受容体の分解を介して、グリオーマ幹細胞の機能を抑制していることが示唆されたとする。
なお、研究チームでは現在、今回の成果をがんの根治を指向した「がん幹細胞標的薬」の創製へとつなげるべく、SMURF2のThr249のリン酸化を調節することができるような薬剤の探索に取り組んでいるとするほか、今回の成果については、グリオブラストーマに限らず、がん幹細胞の存在が明らかとなっている種々の難治性がんにも当てはまる可能性があることから、アンメット・メディカル・ニーズの解消にも貢献できることが期待されるとしている。