名古屋大学(名大)と浜松医科大学は1月6日、浜松医科大学子どものこころの発達研究センターの「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の一環として、注意欠如多動症(ADHD)における注意欠如および多動・衝動性の強さに対する睡眠習慣の影響を調べたところ、日頃の入眠時刻が遅い(22時以降)と影響を受けること、そしてADHD発症と関連する遺伝子の変化の程度(ADHDの遺伝的リスク)が低い群の方が、高・中群よりも強い影響を受けることを明らかにしたと発表した。
同成果は、名大医学部 附属病院 親と子どもの心療科の高橋長秀准教授、浜松医科大 子どものこころの発達研究センターの奥村明美特任助教、同・土屋賢治特任教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米医学会が刊行する医療を扱ったオープンアクセスジャーナル「JAMA Network Open」に掲載された。
ADHDは神経発達症(発達障害)の一種で、じっとしていることが苦手な多動・衝動性と、集中力を持続させることが苦手な不注意を特徴とし、18歳以下の約5%、成人の約2.5%に見られると報告されている。診断基準に従えば、ADHDの症状を適切に評価し診断することは難しくないとされるが、臨床現場では、眠気にともなう衝動性や不注意が、ADHDの症状評価に影響を与え、ひいては診断の正しさを損なう可能性が指摘されているという。
ADHDは、環境と遺伝のどちらもの発症要因として大きな影響を持つ。その中でも特に重要なのが、多くの人で確認されている、頻度の高い遺伝子変化の組み合わせであることが、これまでの研究によってわかってきている。
一方、ADHDと診断される人の20~50%に、眠気をはじめとする睡眠習慣の問題があることが確認されているという。しかし、ADHDの症状の強さと睡眠習慣・体質との関連性は科学的にこれまでわかっていなかったという。
浜松医科大 子どものこころの発達研究センターでは、ADHDの遺伝的リスク(遺伝子変化に基づくADHDの発症しやすさ)に注目して、「睡眠習慣が日中のADHD症状と関連するか」ということと、「その関連の強さはADHD発症の遺伝的リスクによって違いがあるか」ということの解明に向けて研究を実施。今回の研究では、全ゲノム遺伝子解析を行い、ADHDの発症に関連する遺伝子の変化と睡眠習慣との関連を生後8~9歳の子どもを対象にした解析が実施された。具体的には、「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」に出生時にエントリーされた子どものうち、8~9歳まで継続的に参加し、なおかつ遺伝子解析に同意した835人が参加した。
参加者のDNA解析から約650万箇所の遺伝子の変化を調査。海外の大規模遺伝子研究の成果も参照しつつ、ADHDに関連する遺伝子の変化の数と効果の大きさが考慮されたADHDの遺伝的リスク指標「ポリジェニックリスクスコア」が算出された。ADHDの症状の評価には、世界的に広く用いられているADHDRSという質問紙を使用し、ADHDの2大症状である「多動・衝動性症状」と「不注意症状」が得点化されたほか、睡眠習慣については、総睡眠時間、入眠までにかかる時間、入眠時刻(22時より前か後か)が評価された。その結果、以下の2点が確認されたという。
- 入眠時刻が遅いほどADHD症状が強くなる
- ADHDに対する遺伝的なりやすさ(ADHDの遺伝的リスクによって、入眠時刻がADHD症状にもたらす影響が異なる
睡眠習慣と多動性・衝動性および不注意症状との関連が解析された結果、入眠時刻が遅くなるほど、多動・衝動性症状および不注意症状の得点が高くなることがわかった。その一方で、このような関連は総睡眠時間、入眠までにかかる時間に関しては見られなかったとする。
また、ポリジェニックリスクスコアに従い、遺伝的リスクで高・中・低の3群に子どもたちを分類。それぞれの群において入眠時刻が遅いことがADHDの症状に関連するかどうかの検討を行った結果、遺伝的リスクの高と中の群においては、入眠時刻が遅いことによってADHD症状の得点が高くなる傾向が認められるものの、その影響はあまり大きくないことが判明。それに対し、遺伝的低リスク群においては、入眠時刻が遅いことによってADHDの症状の得点が20%程度高くなることが見出されたとした。
今回の研究の結果からは、8~9歳の子どもは、入眠時刻が遅いことがADHD様の症状を強め、ADHDになりやすい遺伝子の変化をあまり持たない(真のADHDではない可能性がある)子どもでは特にその影響が強くあらわれる、といえるという。
また、今回の研究の臨床的意義としては、以下の2点が挙げられるともする。
- 子どものADHDの症状を評価するときには、睡眠習慣を聞き出すことが大切である。入眠時刻の遅い子どもでは、ADHDの症状が高めに評価される恐れがあることが理由だ。そのような恐れは、ADHDへの遺伝的なりやすさが低いグループで特に大きい。
- ADHDと診断されている子どもにおいても、睡眠習慣を適切に評価し、入眠時刻が極端に遅くなっていることで過剰診断になっていないかどうかを検討すべきだとする。
なお研究チームでは今後、今回の研究成果が、ほかの年齢層の子どもや成人においても再現されることを期待するとしている。