味の素は国内・国外をカバーする人財管理基盤として、SAPのクラウド人事システム「SAP SuccessFactors」を導入し、2021年7月より稼働を開始している。「個人と会社の共成長」を目標に掲げている味の素だが、どのような課題を解決するために同システムを活用しているのか。同社の人事部人財開発グループの五十嵐千絵氏に話を聞いた。

「SuccessFactors」は、タレントマネジメントから人事・給与まですべての人事業務をクラウドで実現できるソリューション。従業員の役職や所属だけではなく、どんな能力を持った人材が、社内のどこにいて、今、何をしているかといったことが可視化され、事細かく確認できる。

同システムを導入した一番の目的として、五十嵐氏は、「一人一人の従業員の多様なスキルや職務経歴・経験を生かした適所適材の人材配置を実現させるため」と説明した。

  • 味の素 人事部 人財開発グループ 五十嵐千絵氏

    味の素 人事部 人財開発グループ 五十嵐千絵氏

他人のキャリアを自身のキャリア形成の材料に

味の素では「SuccessFactors」を導入する前より、キャリア育成支援につなげることを目的としたエンゲージメントサーベイを実施している。その中で、社員自身の人材配置やキャリア育成に関しての満足度がほかの項目と比較して低かったことが、長年の課題だったという。

「キャリアデザインや最適配置を考えるために必要な情報がさまざまな場所に点在していたことも大きな理由だった。システムが複数あり、この情報はこのシステム、あの情報はあっちのシステムといった形で、必要な情報を一気に得られる環境が整っていなかった」と、五十嵐氏は当時を振り返る。

また、人の頭の中にしか入っていない情報もあった。例えば、「この人は伸びそうだ」「この人は仕事ができる」といった曖昧な情報は、データとして保存されていなかったという。「これも一人ひとりの強みを皆で共有できない原因だった」と、五十嵐氏は語った。

そういった背景のもと、同社は「SuccessFactors」を導入し、従業員一人一人のキャリアにまつわる情報を一元化・可視化して全社に公開した。

  • SuccessFactorsを活用した味の素の社員情報公開のイメージ

五十嵐氏は、「自身の情報を開示し、他人のキャリアを自身のキャリア形成の材料にする。尊敬している上司のキャリアを確認したり、興味のある部署で働いている人材の一覧を見たりして、自分の成長につなげることができる」と、「SuccessFactors」導入のメリットを説明した。

今後は、異動希望も同システム上で提案できるような仕組みにしていく予定で、気軽に申請できるようにもなる。逆に事業部のトップが、「どんな人がうちの部署にきたいと思っているんだろう」といったことも確認できる。

数多くある人事システムの中から「SuccessFactors」を選定した理由について、五十嵐氏は、「味の素はグローバルに拠点があって、全世界で3万人の従業員を抱えている。グループ内での連携を高めていく中で、グローバルで使えるパッケージがほしかったから」と答えた。

「SuccessFactors」は、日本語のほかにも、英語や中国語など37言語に標準対応しており、日本語や英語が分からないユーザーでも利用でき、グローバルに展開してる企業に適しているといえるだろう。

新しい試みを新しいツールでやるのは困難

しかし最初は、「急に自律的なキャリア開発と言われても......」「上司だけでなく全社員に公開される情報って、どうやって自分のキャリアを棚卸しすればいいのだろう」など、新しいシステムに対する戸惑いがあったという。

そこで模範を示すため、西井孝明社長に情報を一番最初に入力してもらった。同氏の過去の経歴や取り組んできたプロジェクトなどを詳細に公開。すると、ほかの従業員も追随して自身の経歴、特技や自己PRなどを積極的に公開しだしたという。

また、システムは刷新したが、取り組む内容は変更せず従来のままにした。味の素では年に一度、自分自身が将来どのような仕事・働き方をしたいのか、ビジョンを明確にする「キャリアディベロップメントプラン」という取り組みを実施している。以前は自社開発のシステムで行っていたが、今年は「SuccessFactors」上で実施した。

  • SuccessFactors上で行ったキャリアディベロップメントプラン イメージ

「まったく新しい試みを、まったく新しいツールでやるのは難易度が高すぎる。すべてが新しい状態で挑戦するのではなく、抵抗感がない状況で新しいツールを活用して効率化を実現し、社員を成長させていく」(五十嵐氏)

個人と会社の共成長の実現とは?

「今回の取り組みで一番注力したいのは、『個人と会社の共成長』とその共成長の加速」と強調する五十嵐氏。まずは、従業員一人一人の定期的なキャリア開発とそのサポートの両立を実現していく。

従業員のキャリア開発が実現することで、組織全体の適所適材が進む。新たな組織に異動した人がその職務・組織情報を公開することで、またその情報を得た従業員が目指していたキャリアを実現する。味の素ではこのサイクルを目指すというわけだ。

  • 味の素が目指す「個人と会社の共成長の実現」

「自律的なキャリア開発を進める上でのインフラは構築できた。次に必要なことは、上司や組織からキャリア実現を後押しするような風土づくりだ」(五十嵐氏)

風土づくりのため、同社は手を挙げて自分の希望の仕事をできるようにするといった機会を拡大し、上司部下間のコミュニケーションをよりよい内容にするため支援に注力する。

また、上司部下間だけでなく、若手が斜め上の先輩にメンターになってもらう「ナナメンター」という制度にも力を入れ、一歩前に踏み出そうとする背中を周囲が後押しする仕組みを整えていく。

「SuccessFactorsの導入は、従業員と社員の共成長を進める上での基盤でしかない。SuccessFactorsを基盤として、我々が目指している『食と健康の課題解決企業への成長』というゴール向けて進んでいく」(五十嵐氏)