東京大学(東大)は12月6日、新たに超高真空・極低温環境でも赤外分光法を行える「赤外多角入射分解分光法」(MAIRS法)を開発し、これまで計測できていなかった星間塵の表面を覆うアモルファス氷の吸収線の弱いピークである「ダングリングOH」における「赤外光吸収効率(吸収断面積)」を明らかにしたと発表した。
同成果は、東大大学院 総合文化研究科 広域科学専攻・附属先進科学研究機構の羽馬哲也准教授、京都大学 化学研究所の長谷川健教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
真空である宇宙空間において水(H2O)は液体としては長時間存在することはできない。しかし、恒星からある程度離れた0℃以下となるスノーラインの外側であれば、氷として存在することが可能であることが分かっている。こうした宇宙空間を漂う星間塵の表面は、アモルファスの氷で覆われており、惑星系は、この氷に覆われた星間塵を出発点として形成される。そのため、氷星間塵の構造を分子レベルで理解することは、惑星形成の素過程である星間塵同士の衝突と凝集を理解するためにも重要と考えられている。
星間塵を覆う氷の構造は、主に赤外線で観測研究が進められており、およそ3.1μmあたりに、氷内で4配位の水素合ネットワークを形成したH2Oに由来する吸収線(ピーク)が観測されるほか、2.7μmあたりにも非常に弱いピークがあることが知られている。この弱いピークは「ダングリングOH」と呼ばれ、氷の表面構造や物性(空孔率や比表面積)を強く反映しているほか、氷表面で起きる化学反応において、触媒効果をもたらすことが知られている。
赤外線天文学では、観測から得た「氷の赤外スペクトルの吸光度」と「氷の赤外光に対する吸収断面積」から、氷の存在量を求めることができ、3.1μmピークの吸収断面積については、これまで多くの研究がなされてきたが、ダングリングOHの吸収断面積については、ダングリングOHの存在量と吸光度とが、どのように相関しているのかを定量できていないため、よくわかっていなかったという。
そこで研究チームは今回、独自の赤外分光法「赤外MAIRS法」を開発。同分光法を高真空・低温環境においても実施できる実験装置を用いて、アモルファス氷のダングリングOHにおける赤外光の吸収効率(吸収断面積)を実験的に定量することにしたという。
赤外MAIRS法は、赤外分光法と多変量解析とを組み合わせた分析法で、試料内の分子の面内振動と、面外振動の赤外吸収スペクトルを定量的に得ることを可能としたもの。本来、得られた面内振動・面外振動の赤外吸収スペクトルの強度比から薄膜中の分子配向を解析するために開発された手法だが、今回の研究では、赤外光の吸収断面積を測定するための応用が行われたとする。
開発された装置を用いて、90K(約-183℃)のシリコン基板上に作製されたアモルファス氷に対する分析が行われたところ、3配位のダングリングOHは強く面外振動していることを確認。この結果は、ダングリングOHが氷表面に存在することと整合的だという。
また、吸収断面積を正確に求めるために、ダングリングOHの存在量を定量してみたところ、吸収断面積は氷内部よりもおよそ20倍小さい値になり、ダングリングOHが氷内部のH2Oに比べて特異的な赤外光吸収特性を持つことが判明したという。
研究チームは今回得られた吸収断面積を利用することで、室内実験で生成された氷表面のダングリングOHの定量はもちろんのこと、星間塵に存在する氷のダングリングOHの存在量を定量することで、氷の表面構造や物性(空孔率や比表面積)を明らかにできるとしており、今後の赤外線天文学の観測結果を解釈するために活用することで、星間塵表面の化学反応メカニズムや惑星系の形成について理解が進むことが期待されるとしている。