愛知県がんセンターと日本医療研究開発機構は12月6日、がん免疫療法の一種である「キメラ抗原受容体導入T細胞療法」(CAR-T細胞療法)において、T細胞に関する「PRDM1」遺伝子を欠失させることで、従来の「CAR-T細胞」よりも長い寿命を与えられることを動物実験モデルで示したと発表した。

同成果は、愛知県がんセンター 腫瘍免疫応答研究分野の籠谷勇紀分野長らの研究チームによるもの。詳細は、米血液学会誌「Blood」に掲載された。

がん免疫療法は、ヒトがもともと持っている免疫の力を使って、がん細胞を攻撃させる療法であり、これまで治療が難しかった種類のがんに対する新たな治療法として、注目されるようになってきた。その免疫療法にはさまざまな方法があり、CAR-T細胞療法は、患者の血液中に存在する主要な免疫細胞の1つであるT細胞を用いることが特徴となっている。

T細胞に遺伝子「CAR」を加える形で、特定のがん細胞だけを選択的に攻撃できるようにする手法で、白血病、悪性リンパ腫などの一部の血液がんに対して高い有効性が示されたことから、2019年から保険診療においても用いられるようになっている。ただしCAR-T細胞療法は、現在認可されている血液がんに対する治療後に、再びがん細胞が出てくる再発例も多いとされ、さらなる治療効果が求められている。また、CAR-T細胞を用いたほかの種類のがんに対する臨床試験が行われているが、今のところ十分な治療成績は得られていないという。

長期にわたってCAR-T細胞療法の治療効果を維持するためには、CAR-T細胞が体内で長生きすることが重要だが、がん治療に用いられるCAR-T細胞は、まず体外で大量に増殖させること、また体内でもがん細胞に攻撃する過程でも増殖を続けることから「老化」が進んでしまうとされており、長寿命化の実現が求められていた。

  • 免疫療法

    CAR-T細胞療法の概要 (出所:愛知県がんセンタープレスリリースPDF)

そこで研究チームは今回、T細胞の性質を遺伝子のレベルで改造することで、老化が進みにくく、長期間にわたり生存する能力を持つCAR-T細胞の作製を試みることにしたという。

ヒトには、特定のタンパク質をコードする遺伝子は2万種類以上あることが知られているが、その中で研究チームが今回着目したのは、細胞の性質を大きく変化させられる「エピジェネティック因子」と呼ばれるグループをコードしている遺伝子。とりわけ老化したT細胞で活性が上昇しているエピジェネティック因子に絞った探索を実施したところ、PRDM1遺伝子を遺伝子編集技術「CRISPR/Cas9」を使って選択的に欠失させると、増殖の過程でCAR-T細胞の老化が進みにくくなることが見出されたという。

  • 免疫療法

    PRDM1遺伝子の欠失によるCAR-T細胞の強化の概要 (出所:愛知県がんセンタープレスリリースPDF)

健常者の血液から作製されたPRDM1欠失CAR-T細胞を、がん細胞を移植した実験マウスモデルに投与したところ、通常のCAR-T細胞と比べて体内に長期間にわたって生き残り、その結果として腫瘍の再発を持続的に抑え続けられることが確認されたという。

CAR-T細胞は、どの目印を標的とするかによって、多数のタイプが開発されている。今回の研究では、臨床でも用いられているタンパク質「CD19」を狙うCAR-T細胞を中心に、複数のタイプでPRDM1欠失型CAR-T細胞を作製。いずれにおいても同様に、がん細胞を攻撃する過程でメモリーT細胞としての機能を維持できることが確認されたとした。

さらに、肺がん、卵巣がん、子宮がんなどの患者の体内に存在するがん細胞を攻撃する能力を持ったT細胞と考えられている「腫瘍浸潤リンパ球」(TIL)においてもPRDM1遺伝子の欠失が行われたところ、同様に長期間生き残る能力のあるメモリーT細胞としての性質を獲得できることも判明。TILを体外で増やして患者に注射するTIL療法も開発されているが、長期にわたる有効性は示されていなかったとするほか、TILは体の中でがん細胞を攻撃する過程で老化が進んでいることから、CAR-T細胞以上に長期間にわたって生存する能力が低下していることも確認されており、今回の研究で開発されたPRDM1欠失技術は、そうしたTIL療法においても有用であることが示唆されたと研究チームでは説明している。

なお、今回開発されたPRDM1欠失型の長期生存する能力を持つT細胞について研究チームでは、さらに複数の治療モデルを用いた治療効果の検証、安全性の確認を進めることで、持続的な治療効果を持つ免疫細胞療法の開発につなげたいとしている。