オムロンは新型コロナウイルス感染症拡大が事業に大きな影響を及ぼす中、「脱・ハンコ」「脱・紙の書類」を実現した。社内文書の電子化は2021年春までにほぼ完了。年間約4,800万枚の紙資源を削減し、約1億4,000万円のコスト削減を目指す。
同社の実例で注目すべきは、経理や法務、人事などのバックオフィス領域が主体となってペーパーレスを推進し、働き方をアップデートした点だ。オムロンは企業理念を軸にしたプロジェクトを実行し、トップダウンではなく現場レベルでの自律的な改革を成功させた。
そのためにはどのような意識改革を行い、どのような体制でプロジェクトを進めていく必要があったのだろうか。同社のペーパーレス推進を担当したグローバル理財本部の溝田氏に話を聞いた。
成功の秘訣は“全社で一斉に"
コロナ禍に伴い、緊急対応としてテレワークを実施する企業が急増した。同社も1回目の緊急事態宣言発令後、全社的に勤務形式をテレワークに移行。IT部門の知見を生かしテレワーク環境の構築は順調に進めることができたが、「印刷や押印のための出社」を減らすことはできなかったという。
そこで2020年6月、社員全員が安全に効率よく働けるよう各部門のメンバーが主体となって、バックオフィス業務におけるペーパーレス、ハンコレスに向けた取り組みを自律的に開始した。溝田氏は「『ソーシャルニーズの創造(世に先駆けて新たな価値を創造し続ける)』という当社の企業理念に共感している社員たちが、手を挙げて事業部横断プロジェクトに参加した」と、当時を振り返る。
プロジェクトは約30人体制で開始。主体的に進める人事や総務、法務、経理といったバックオフィス部門に加え、同社の主な4事業(制御機器、電子部品、社会システム、ヘルスケア)の代表者が参加し、ユーザー視点で意見を出し合い、パイロットを行った。
「各部門でペーパーレスを推進しても、紙やハンコが完全になくならない。実際にシステムを扱うユーザーの意見をその場で反映しないとプロジェクトの進行が滞ってしまう。グループ全体が一斉に取り組むことで、ペーパーレスは効率的に実現できる」と、溝田氏はこだわりを語る。
また内部統制の観点から、IT部門、監査部門、財務部門もプロジェクトに参加。署名やハンコをそのまま電子化するのではなく、標準化・自動化まで行ってより効率的な社内システムの実装につなげた。
ツール選定でコストよりも重視したこと
導入したのはマイクロソフトのワークフローシステム「SharePoint Online」、ドキュサインの電子署名ツール「DocuSign」、コンカーの出張管理システム「Concur Travel」、エスカーの買掛金管理システム「Esker」、SAP Aribaの調達・購買システム「SAP Ariba」など、ほぼ海外ベンダーが提供しているツールだ。
溝田氏は各ツールの選定理由について、「グローバル標準を目標にしているので、世界的に多数のユーザーを抱えるベンダーのツールを選定した。社員の業務効率性やコロナ禍における安全性を最優先事項として考えた」と、説明した。
各ツールを一斉に導入し、社内帳票に関してはプロジェクト開始から一年足らずで電子化した。しかし、請求書や支払いなどの社外帳票に関しては紙やハンコが残っている。溝田氏は「請求書の受領や支払いを電子化するには、取引先の承諾が必要で時間がかかる」と、課題感を語る。
取引先の理解を促し、請求書受領の電子化は2021年12月から、支払いの電子化は2022年2月から順次開始することを目指す。仮にオムロンの社内外帳票が完全に電子化されると、年間約4,800万枚の紙資源が減り、約1億4,000万円のコスト削減につながるという。
「より多くの顧客やパートナー企業と理念を共有し、電子化の価値を拡大化していく。社会全体で取り組むべき課題だ」(溝田氏)
社員の懸念「誰がどこまでやるの?」
とはいえ、同プロジェクトは決してとんとん拍子に進んだわけではない。従来のやり方を変えることについて、その影響を懸念する従業員からの声もあった。「時間がない」「誰がどこまでやるのか」「ハレーションが心配」など、さまざまな意見が寄せられたという。
溝田氏も、「それぞれの通常業務に加えての取り組みでもあったため、正直最初は本当に実現できるか不安だった」と心の内を明かす。
懸念が残ったままプロジェクトは開始されたが、結果的に「全社的に取り組む姿勢」が新しいことへの挑戦に立ちはだかる壁を壊した。「一人でやるのではない。さまざまな部門のメンバーもいるから困っても相談できる。このチームならできるかもといった気持ちが連鎖し、取り組みが動き出した」(溝田氏)
目標はただ一つ。紙とハンコを完全になくすこと。時間はかかるが、最終目標をメンバー全体が共有し、各部門が連携してプロジェクトを進めた。
電子化が進むことで受ける恩恵は、紙・コストの削減や社員の業務効率化だけではない。副次的に、テレワークなどの新しい働き方が実現し、紙の使用量減による地球の環境保護などにもつながる。
また帳票が電子化されワークフローがオンライン化することで、情報・ログの管理、データのバックアップが可能になり、ガバナンスやBCP(事業継続計画)も強化されるだろう。
ペーパレス化は加速を続けられるか
オムロンだけでなく、さまざまな業界でペーパレスやハンコ廃止の動きがみられる。日立製作所は2021年度中に社内の押印業務を全面的に廃止し、サントリーホールディングスは2022年までにグループ企業グループ社員約1万人の業務をペーパレス化する。
企業だけでなく行政も脱ハンコに向かっている。2021年4月6日の衆議院本会議にて、行政手続きの押印廃止を盛ったデジタル社会形成成果設備法案が可決された。政府は押印が必要なおよそ1万5,000の手続きのうち、99%超を廃止する方針だ。
また2022年1月には、電子で受領した請求書を紙で保存できなくなる「改正電子帳簿保存法」が施行され、2023年10月には、請求書において正確な適用税率や消費税額などが必要事項となる「インボイス制度」が施行される。
4回目の緊急事態宣言が解除され勤務形式を出社型に戻す企業も多い中、電子化への取り組みはブレーキをかけることなく加速していけるのだろうか。