名古屋大学(名大)、東京農工大学(農工大)、九州大学(九大)、科学技術振興機構(JST)の4者は10月22日、鉄系高温超伝導体のうち、実用化が期待されている「(Ba,K)Fe2As2」で、数Tという比較的大きな磁場中において世界最高レベルの超伝導電流を流すことに成功したと発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の飯田和昌准教授、同・畑野敬史助教は、米国立強磁場研究所のタランティーニ・キアラ博士、農工大の秦東益大学院生、同・内藤方夫シニアプロフェッサー、同・山本明保准教授、九大の郭子萌大学院生、同・高紅叶博士研究員、同・王超博士研究員、同・斉藤光准教授、同・波多聰教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学を扱う学術誌「NPG Asia Materials」に掲載された。
2008年に発見された鉄系高温超伝導体は、55K(-218℃)と銅酸化物高温超伝導体に次いで超伝導転移温度が高く、応用の観点から第2鉱脈として大きく期待されている。特に、数Tという大きな磁場中でも、損失のない超伝導電流を流すことができることから、強力な磁場を発生させることができる超伝導磁石への応用が期待されているという。
しかし、鉄系高温超伝導体は銅酸化物高温超伝導体ほど深刻ではないが、結晶粒界で「粒界弱結合」と呼ばれる問題を有している。ただし、この問題は結晶粒を一定方向に並べることで回避することが可能だという。
研究チームが今回着目した(Ba,K)Fe2As2は、BaサイトをKで部分置換を行うと超伝導が発現し、その最高転移温度は約38K(-235℃)という鉄系超伝導体として知られている。研究では、厚さ100nm程度の(Ba,K)Fe2As2薄膜が作製され、薄膜を成長させる下地(基板)には酸素を含まず、かつ(Ba,K)Fe2As2と格子不整合度が小さいフッ化カルシウム(CaF2)が用いられた。
成長温度は(Ba,K)Fe2As2の融点(~1000℃)の半分以下にされ、揮発性の高いKも効率良く膜中に取り込まれ、組成ずれの少ない(Ba,K)Fe2As2薄膜が形成され、成長温度の低温化により結晶粒は微細化された結果、小傾角粒界の密度が高くなったという。また(Ba,K)Fe2As2薄膜の微細構造においては、柱状結晶粒がCaF2基板にほぼ垂直な方向に成長し、互いにわずかな方位差を持って薄膜を構成しているという。
このようにして薄膜中に導入された無数の小傾角粒界がピンニングセンターとして働き、全磁場領域において単結晶試料に比べて大きな磁束ピンニング力密度を持つことが明らかにされた。また4T以下の磁場下においても、重イオン照射された単結晶試料よりも高い磁束ピンニング力密度を持つことも確認されたという。
重イオン照射のような特殊な方法を用いなくても、今回の研究のような簡単で低コストな方法で世界最高レベルの超伝導特性が得られたことから、今回の成果について研究チームでは、医療用MRIなどに用いられる強磁場発生用磁石への応用展開が期待されるとしている。
なお、今後は、今回得られた基礎研究の成果を基に、理論、計算、データ科学などと融合させることで、高性能な多結晶型鉄系高温超伝導材料を創製するための新プロセスの設計や効率的な探索へと展開していくとしている。