最近「テレワーク疲れ」という言葉をよく耳にする。オン・オフの切り替えが難しい自宅でのテレワークにより、モチベーションが下がり、不安で作業に手がつかなくなり生産性が低下してしまうといったものだ。

また、生活リズムの乱れによる体重変動や同僚とのコミュニケーション不足による帰属意識の低下などで、心身ともに疲れてしまうといったケースもあるだろう。

日本生産性本部が2021年7月に発表した調査によると、直近1週間における出勤日数が「0日」の割合は11.6%と、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年5月調査の32.1%から20.5ポイント減少していることが分かった。テレワークからオフィス勤務への回帰が進んでいる現状がある。

  • 直近1週間(営業日ベース)の週当たり出勤日数 出典:日本生産性本部

企業で活用が進む「バーチャルオフィス」

一方で、バーチャルな空間によるオフィスで「テレワーク疲れ」を解消し、効率的なテレワークを実現しようとする企業の動きが見られる。

エン・ジャパンは以前、新型コロナウイルス感染症拡大に伴って全社でテレワークに移行したが、社内コミュニケーションの減少に課題を感じていた。そこで、バーチャルオフィスツールを活用したテレワークを実践。現在では全社員の約8割(約1200名)がこの取り組みに参加しており、社内コミュニケーションを活性化させている。さらに、バーチャル空間に13階建ての仮想的なビルも設けて、リアルなオフィスの面積は約4割削減させた。

「テレワークで疲れてしまうのは、オンラインツールを楽しく使えていないからだ」──そう断言するのは、バーチャルオフィスツール「oVice(オヴィス)」を開発・提供している oVice代表取締役社長CEO ジョン・セーヒョン氏。

「バーチャルな世界」で楽しいと思えるコミュニケーションは本当に実現できるのか。仮想的なオフィスによって実現する少し未来の働き方について、ジョン氏に話を聞いた。

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わずか1年でARR2.4億円超達成、現実に近い「oVice」とは?

oViceは2020年8月のサービス開始から1年で、リコーや富士フイルムなど大手を中心に1200を超える企業や団体が導入し、約3万人がoVice上で毎日出勤している。oViceは、一般的に2年かかるといわれてるARR(年間経常収益)1億円を8か月で達成し、その3か月後にはARR2億円に到達した。サービスリリース開始1年後となる2021年8月末に、ARRは2.4億円を突破した。また、サービス継続率は98.6%で、テレワークで感じづらい「一緒にいる感」を得られる点が導入企業から評価されている。

そんな驚異的な成長をみせるoViceは、一体どのようなサービスで、他のツールとどの点が異なるのか。ジョン氏は「リアルな空間により近づけるために、現実世界から逆算して機能を実装している」と、開発へのこだわりを語った。

  • oVice代表取締役CEO ジョン・セーヒョン氏

ジョン氏はまず、仮想的な空間に距離と方向の概念を加えることで、現実世界に近づけたと話す。oViceは、一般的な仮想オフィスツールと同様に、Web上で自分のアバターを自由に動かし、他のアバターに話しかけたり、資料を共有したりすることができる。

それに加えて、距離に応じてアバターの声量が反比例したり、アバターが向いている方向により鮮明な音声が聞こえたりするなど、現実世界で自然に起きていることを忠実に再現する機能を実装した。

これにより、遠くから聞こえてきた会話に参加して偶発的なコミュニケーションを生み出したり、集団で会話する相手の方向を向いて話したりといった、臨場感があるコミュニケーションが可能になった。

  • 距離と向きの概念を導入。黒い円の範囲なら声が届き、声量は距離に反比例する

さらに付加価値として、出社している全アバターに対して、館内アナウンスのように音声を伝えられるメガフォン機能や、近くのアバターとビデオ会議や資料の共有ができる機能などを次々と実装していった。

「oViceを活用しなくても業務は回る。ただちょっとした相談や報告、雑談が気軽にできない既存のオンラインツールだと、メンバーは控えめになりコミュニケーションに問題が生じてくる」(ジョン氏)

確かにちょっとした相談のために、文章を考えたり上司の予定を確認してZoomなどのオンライン会議を立ち上げたりするのは、少し面倒で躊躇してしまうかもしれない。しかしoViceの場合は、相手が「そこにいる」ことがひと目でわかり、「近づくだけ」で気軽に話しかけられるので、報連相のためらいは払拭されるだろう。

  • 必要に応じてビデオ通話や資料の共有などができる

バーチャルならではのメリットも、アフターコロナを見据えた機能

オンラインならではのメリットもある。それは蓄積された行動データの活用だ。oViceでは、メンバーの移動や会話のログが記録されている。現在は、プライバシー保護の観点から活用できていないが、「倫理的に問題がなさそうなデータから活用していきたい」とジョン氏は語る。

「社員から同意をとったうえで、それらの行動データを活用することで、テレワーク時には認識しづらい社員の健康状態にいち早く気付くといったことが期待される。ただしその時に、決して、監視するツールになってはならない」(ジョン氏)

一方でoViceでは、アフターコロナにも対応できるような開発が進められている。「アフターコロナの世界では、オンラインで働く人とオフラインで働く人、両者が共存するハイブリッドな環境が求められる。どちらか一方だけに偏ることは有り得ない」と、ジョン氏は見解を示した。

  • リアル空間とバーチャル空間を接続し、アフターコロナの世界にも対応する

その取り組みとしてoViceは9月7日、リコーと共同で360°の映像をリアルタイム配信できる機能をβ版として実装した。これにより、オフィスや店舗などのリアル空間にリコーの360°カメラ「RICOH THETA」を設置し、ライブストリーミングを実現することで、oViceのバーチャルオフィス上から、実際の現場の状況をリアルタイムで確認することが可能になった。

宴会やビアガーデンもバーチャル空間で

バーチャルな空間が求められるのはオフィスだけではない。イベント会場や店舗、レストランなどさまざまなリアルな空間において、バーチャル空間は活用できる。

首都圏に大型レストランを8店舗展開する銀座クルーズは、コロナ禍を受け、oViceを導入し事業の一部をバーチャル空間でのレストラン展開にシフトさせた。一般的なオンライン飲み会は基本的に、ビデオ会議ツールで参加者の顔が無機質に並んでいるだけで、同じ空間にいる感覚がなく楽しみを共有しづらいものだ。

しかしoViceなら、アバターではあるが疑似的に「一緒にいる感」が得られ、実際の宴会のように楽しみを共有することができる。参加者の自宅に食事を配送し、バーチャルレストランに集合してもらう。

さらにoViceの背景を変更できる特徴を生かし、さまざまなコンテンツを用意することで、新しい楽しみを生み出すことも可能だ。

筆者も実際にoVice主催の「バーチャルビアガーデン」に出席させてもらったが、忖度なしで、一般的なオンライン飲み会よりも楽しめたし、たくさんの方々との出会いがあり、「これはこれでありだな」と、しみじみ感じた。

  • oVice主催の「バーチャルビアガーデン」に参加

  • お楽しみコンテンツの「ワードさがしゲーム」。予想以上に盛り上がった......

世界1位のバーチャル空間に、半年でARR10億円を目指す

バーチャル空間市場でトップになると明言するジョン氏。9月15日には、リアルとバーチャルの融合によるハイブリッドな環境するソフトウエアや機器を開発するため、海外ベンチャーキャピタル(VC)から18億円調達した。

まずは半年後の2022年3月までにARR10億円を目指す。今後さまざまなツールとAPI連携を行い、oVice上で勤怠管理や、退職予測、名簿管理、チケット管理などができるようにする方針だ。

oViceは世の中の「テレワーク疲れ」を解消し、描く青写真を現実のものとすることはできるのだろうか。今後も注目していきたい。