今秋から冬にかけて金融庁による法改正の下で創設される「金融サービス仲介業」。前編ではその概要や必要性、金融業界にもたらされるビジネスへの影響などをお伝えしました。既存の金融事業者や今後フィンテック市場への新規参入を狙う新興事業者にとっては、横断的な事業展開を可能にしてくれる金融サービス仲介業の魅力が増してきています。一方で、私たち消費者にとっては、どのような影響があるのでしょうか?

コロナ禍によってライフプランと資産について改めて検討する人が増え、保険商品の見直しも活発化しています。後編では、人生のあらゆる節目で必要となってくる資産形成や運用の場面を想定しながら、今後の日常生活で体験するかもしれないサービスの可能性を、サービス変化から考察していきます。

保険の歴史が消費者ニーズの変化

金融サービス仲介業が消費者にもたらすインパクトを理解するには、金融商品を提供する金融機関および代理店の考え方と消費者意識の変遷を理解しておくことが重要です。保険商品の歴史を見ることで、その理解を深められます。

日本で保険の考え方が誕生したのは明治時代、福沢諭吉が自書『西洋旅案内』の中でヨーロッパの近代的保険制度に言及したことが発端とされています。これ以降、福沢諭吉の門下生を中心に保険商品を取り扱う会社が設立され、日本全国へと浸透していきました。第2次世界大戦の敗戦により、一時的に保険会社は事業の縮小を余儀なくされますが、その後も交通機関の発達に伴って急増した死亡事故への対処など、社会のニーズを反映しながら着実にサービスメニューを拡充させてきました。

時が流れ、1970年(昭和40年)代後半からは外資系保険企業が日本市場に参入を開始します。これにより、市場にはさらに多くの保険商品が流通するようになり、消費者意識は次第に、自分にどのような商品が適しているのかという判断をすることが困難になっていきます。一部では、高齢者などをターゲットに過剰な金融商品を販売する事象も発生し、消費者の間で「購入疲れ」が散見されるようになりました。

金融業界が重視する「受託者の義務」とは

購入疲れを経験した消費者からのネガティブな印象を払拭するべく、保険会社各社が最重要視していることが「フィデューシャリー・デューティー(Fiduciary Duty)」です。「Fiduciary=受託者」と「Duty=義務」を意味し、金融業界では金融機関が金融商品の購入者に対して果たすべき義務のことを指しています。

具体的には、金融商品の運用を委託された金融機関の担当者は、「適切な注意能力をもって業務を遂行しなければならない」「自己の利益を図ってはならない」「金融機関の自己資産と顧客資産を明確に分けて管理をしなければならない」という3点が義務とされています。2017年(平成29年)には金融庁から「顧客本位の業務運営に関する原則」も提言され、カスタマーファーストの考え方が金融業界においても、ますます重要度を増しています。

国内の生命保険会社では実際に、従業員にファイナンシャルプランナーの資格取得を促し、消費者に対して適切な商品販売を実践しています。自社の商品だけでなく、他社の商品であっても、顧客の資産状況に最適と判断したものについては提案します。顧客視点を重視し、フィデューシャリー・デューティーに基づき中立的に顧客に接している事例と言えるでしょう。

こうした中立性の観点では、代理店の役割も大きいと言えます。金融機関各社の商品を複数取り扱う代理店だからこそ、金額規模にかかわらず少額からでも顧客のニーズに適切に応える柔軟な商品提案が求められます。金融サービス仲介業の創設が、代理店業への新規参入を検討する事業者を増やし、業界の活性化を促進させることが予測されています。代理店業務の質は、どれだけ正確かつ包括的に顧客の資産状況を把握できるかがカギとなり、利便性が高いデジタル技術の活用が必要不可欠になると考えられます。

顧客中心のビジネス設計に必要なことは?

デジタル技術の活用により期待されることの一つに、金融データの連携と利活用があります。前編で述べたように、各金融機関は新たなサービスの提供に向け、金融DX(デジタルトランスフォーメーション)の実現に取り組んでいます。

従来の基幹システムや勘定系システムをオンプレミスで運用してきた各金融機関でも、2017年の銀行法改正を皮切りに銀行APIが開放されてきました。現在では100行にも上る銀行APIがオープン化され、他の金融機関が提供する外部サービスとの接続が拡大しています。これまで各行だけに蓄積されてきた金融データが、銀行APIと通じて金融データプラットフォームによって連携されることで、金融データを活用した新たな考察が可能になりました。そこから、消費者のライフプランに適切な資産運用と形成を支援するためのサービスと商品の拡充が加速されつつあります。

2019年に経済産業省が提唱した「キャッシュレス・ビジョン」に基づくキャッシュレス決済比率の引き上げを受け、各事業会社の懸命なキャンペーン施策などにより、キャッシュレス決済も着実に浸透してきました。昨今の非接触を重視する社会情勢も考慮すれば、顧客接点のデジタルシフトは不可逆的に加速し、今後より多くの金融データが流通することになるでしょう。

各金融事業者が顧客中心のサービス提供に向けて次に意識すべきことは、こうした業界変化を適切に活用し、収集可能な金融データから消費者の金融行動に対する分析を通して、消費者ニーズをくみ取り、ビジネス設計に生かすことです。

銀行APIで各行の金融データを外部サービスと接続できるようになれば、従来、消費者が個別に管理していた銀行口座情報を特定のアプリなどデジタル上で連携・集約し、一元管理することが可能になります。これまで一方向でしか捉えることができなかった消費者行動を、より多面的に把握することができるようになるのです。

金融機関にとっては、消費者の同意を得たうえで、自行のデータに加えて、他行が保有する金融データも把握することができるため、顧客の潜在ニーズへの理解を深める手段として、大きなビジメスメリットになります。もちろん、消費者にとってもメリットはあります。例えば、資産形成・運用のために、ファイナンシャルプランナーへ相談に行った際、カウンセリングの冒頭で自身の資産状況を説明する必要がなくなるため、余計な手間を省いて本来するべき相談に時間をかけることが可能になります。