岡山大学は6月30日、光電変換色素薄膜型人工網膜「OUReP」が出力する電位が、どの程度の網膜神経組織を刺激するかのシミュレーション計算を実施し、OURePが隣接する双極細胞にOURePから出力された電位が伝達されることを解明したと発表した。

同成果は、岡山大 学術研究院 自然科学学域(工)高分子材料学分野の内田哲也准教授、同・大学院 自然科学研究科の山下功一郎大学院生(研究当時)、同・学術研究院 ヘルスシステム統合科学学域(医)生体機能再生再建医学分野(眼科)の松尾俊彦教授、カナダ・トロント大学工学部のWilly Wong教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英国の神経工学に関する学術誌「Journal of Neural Engineering」に掲載された。

「網膜色素変性」は、視細胞が徐々に死滅してゆく遺伝性疾患で、視野が次第に狭くなっていき、最終的には視力が低下して失明に至る。その治療方法は残念ながら現状は存在していないという。

そうした背景から、視細胞の機能を人工物で代替する人工網膜の研究が進んでおり、2013年には米国で人工網膜が米国食品医薬品局(FDA)によって製造販売承認されている。この米国製人工網膜は、カメラで取り込んだ映像を60画素で処理し、その信号を顔面皮内に植込んだ受信機に伝送し、その受信機から60本の電線を出して眼球内に挿入し、網膜近傍に植込んだ60個の電極集合体(アレイ)から電流を出力。出力電流によって網膜内に残っている神経節細胞を刺激し、その軸索である視神経を通って後頭葉に伝わり視覚を生じるという仕組みだという。

この「カメラ撮像・電極アレイ方式の人工網膜」は、米国だけでなく日本も含めた世界中で開発が進められているが、構造が複雑で植込み手術が難しい、電極の小型化が難しく分解能が悪い、広い面積の網膜を刺激することができず視野が狭い、1000万円を超える高額医療機器であるなど、いくつもの課題が存在している。

このような課題を解決すべく、岡山大の医工連携で2002年から研究開発が進められているのが、「光電変換色素薄膜」を採用した人工網膜「OUReP」で、光を吸収して電位差を出力する光電変換色素分子をポリエチレン薄膜(フィルム)に化学結合させた構造を採用。電流を出力するのではなく、光を受けて際の電位差(変位電流)を出力し、近傍の神経細胞を刺激することができるのが特徴だという。

また、薄くて柔らかいので、大きなサイズ(最大直径10mm)のものを丸めて小さな切開創から眼球内の網膜下へ植込める点も特徴で、その手術も、現在すでに確立している黄斑下手術の手技で実施可能だという。

ただし、まだクリアすべき課題がいくつかあり、そのうちの1つが、電位差(変位電流)を出力する仕組みで、どの程度の範囲の網膜神経組織を刺激するのかが先行研究がないため不明だったという。

そこで今回の研究では、ケルビン・プローブで実際に測定したOUReP表面で発生する電位の数値をもとにして、隣接する網膜神経組織にどのように電位が伝わるのかのシミュレーション計算が実施された。その結果、視細胞がなくなった網膜神経組織で双極細胞がOURePに接している場合、OUReP表面の電位変化によって双極細胞が刺激されることが明らかとなったという。

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    電位のシミュレーション計算の結果。(a)OURePを神経網膜(Retina)の下(Sub-retinal space)に挿入した場合、光を受けて発生した電位が隣接する神経網膜に伝わる様子が描かれている。(b)縦軸はOURePから発生した光誘起電位。(a)の図中の垂直方向の電位分布が表示されている。(c)縦軸はOURePから発生した光誘起電位。(a)の図中の水平方向の電位分布が表示されている。(d)OURePに隣接する双極細胞(bipolar cell)の膜電位の時間的な変化が示されている (出所:岡山大学Webサイト)

なお、治験機器である人工網膜には極めて高い安全性、有効性、品質管理が求められており、すぐに患者に適応することはできない。そのため、現在は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)と戦略相談を積み重ね、「医薬品医療機器法(旧薬事法)」に基づく医師主導治験を岡山大学病院で実施する準備を進めているとしている。