北海道大学(北大)は4月9日、室温で90%、110℃でも80%という高い「電子スピン偏極」を実用半導体で生成する光スピントロニクスナノ構造を開発したと発表した。
同成果は、北大大学院情報科学研究院の樋浦諭志准教授、同・佐藤紫乃大学院生(日本学術振興会特別研究員)、同・高山純一技術専門職員、同・村山明宏教授、スウエーデン・リンショーピン大学のHuangYuqing氏、同・HöjerPontus氏、同・BuyanovaIrina氏、同・ChenWeimin、フィンランド・タンペレ大学のPolojärviVille氏、同・AhoArto氏、同・IsoahoRiku氏、同・HakkarainenTeemu氏、同・GuinaMircea氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英国科学雑誌「NaturePhotonics」に掲載された。
電力消費なしに情報を保持する電子のスピン状態と、エネルギー熱損失のない情報伝送を担う光を融合させて活用することで、消費電力の抜本的な削減が可能な情報基盤の構築が可能となるという。その実現の鍵となるのは、スピン情報の直接変換が可能な光スピントロニクス半導体の開発だ。
光スピントロニクス半導体の実用化に向けては、室温以上の温度においてほぼ完全にスピン偏極している状態、つまり上向きか下向きか2種類あるうちのどちらかに偏った状態の電子を生成する必要がある。
しかし非磁性体の半導体では容易にスピンが失われ、これまでの研究では室温におけるスピン偏極率(スピン偏極を定量的な数値で表す指標)は60%以下に留まっていたという。スピンに偏りがない無偏極で0%と、すべての電子が上向きか下向きに完全に偏極すると100%の値となるが、半数を超えた程度に留まっているのである。
そこで研究チームは今回、薄いGaAsトンネルバリアを介して、InAs量子ドットと、希薄窒化GaAsを量子力学的にトンネル結合させた試料を、分子線エピタキシー法により作製した。
そして、「スピン分解円偏光発光分光」により、半導体中の電子スピン偏極率に対応する発光の円偏光度が測定されたほか、電子スピンの注入や緩和などのダイナミクスを超高速スピン分解発光分光により直接的な測定がなされ、量子ドットと希薄窒化GaAsの間で生じる電子スピン偏極の増幅機構の調査が行われた。
その結果、室温で得られた円偏光発光スペクトルとその円偏光度として、希薄窒化GaAsの円偏光度50%に対して、量子ドットではほぼ完全なスピン偏極を意味する90%を超える円偏光度を観測することに成功。これは従来研究の最大値60%を上回るスピン増幅機能であるとするほか、110℃の高温においても80%の円偏光度を達成し、実用性が高いことが実証されたとする。
また、スピン増幅メカニズムを調べたところ、通常の半導体量子ドットではスピンが保たれず、時間初期から円偏光度の急激な減少が見られるが、この新しい半導体ナノ構造では15%から80%に至る円偏光度の巨大な増幅現象が確認されたという。
これまで半導体では室温でスピン偏極が容易に失われることが常識であったというが、今回の研究により、半導体中のスピン偏極を室温以上で増幅し光に変換する技術が進展したこととなる。そのため、研究チームは、今回の成果により、鉄など金属磁性体ではできない光デバイスや電界操作を可能にする半導体スピントロニクスのパラダイムシフトが期待されるとしている。
また、今回の研究の発光層に用いられているInAs量子ドットは、200℃を超える高温環境下でも安定したレーザ発振が実証されていることから、今回の研究のキーテクノロジーであるスピン偏極の増幅機能をレーザに搭載することにより、スピン情報を長距離の情報伝送手段である光通信に応用するためのスピン偏極レーザなど、光スピントロニクスデバイスの開発が急速に加速されることが期待されるとしている。