東京工業大学(東工大)は3月22日、2次元構造と3次元構造を人為的に制御することで、電気抵抗率を3桁変化する新材料を開発したと発表した。

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、同・神谷利夫教授、東工大 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、国際学術誌「Science Advances」に掲載された。

材料の電子機能は、元素の組み合わせと結晶構造の次元性に大きく依存することがわかっている。たとえば研究チームが今回の研究で着目したセレン(Se)とスズ(Sn)の化合物である「セレン化スズ」(SnSe)の場合、シリコンと同程度のバンドギャップ1.1eVを持つ半導体であり、SnSe単分子層が積層した構造を持つ。

  • 2D SnSe-3D PbSe

    (a)2D SnSeの結晶構造。(b)3D PbSeの結晶構造。(c)(Pb1-xSnx)Se固溶体において、2D SnSeと3D PbSeが直接接する相境界を形成できれば(左の画像)、温度変化により2D-3D構造を直接転移させ、バンドギャップ(Eg)とキャリア移動度(μ)を大きく変化させることが可能となる(右の画像) (出所:東工大Webサイト)

その結晶構造を詳しく見ると、陽イオン「Sn2+」が持つ「孤立電子対」が周囲のSeと結合せず、電子反発によって局所的に歪んだ2次元的な層状構造になっている。孤立電子対とは、原子の最外殻の電子対のうち、共有結合に関与していない電子対のことだ。孤立電子対の方向には化学結合を形成しないので、層状構造のような低次元構造を作りやすいという特徴がある。

ただし、この孤立電子対はわずかな構造変化によってSeと共有結合を形成する。実際、Snよりイオン半径の大きい鉛(Pb)を成分とする「セレン化鉛」(PbSe)の場合には、陽イオン「Pb2+」が孤立電子対を作らない。その結果として、3次元的な岩塩型構造となって安定し、バンドギャップが狭く(0.3eV)、SnSeに比べて1桁以上大きな「キャリア移動度」と高い電気伝導度を示す。

キャリア移動度とは、物質中にあるキャリア(電荷担体)が、電場印加時に移動する速度を決める性能指数のことだ。この値が大きいほど、高速で動作する電子デバイスを作製でき、大きな電流を流すことが可能である。

また最近では、PbSeのPbを一部Snに置換した3D構造の「(Pb1-xSnx)Se」の場合、さらにバンドギャップが縮小し、x=0.3でバンドギャップがなくなって「トポロジカル電子状態」になることが明らかにされている。

トポロジカル電子状態とは、物質内部ではバンドギャップが開いている絶縁体であるが、その表面に限ってはバンドギャップがない金属状態になっているという特殊な状態のことで、そのような状態になる物質のことを「トポロジカル物質」という。通常の金属や半導体、絶縁体には見られない特殊な物性が現れることから、近年、盛んに研究が行われている。

このように、2次元的なSnSe(2D SnSe)と3次元的なPbSe(3D PbSe)では、構造次元性の違いから電子構造と電気特性が大きく異なる。そこで研究チームは、2D-3D構造を直接転移させられれば、バンドギャップ(Eg)とキャリア移動度(μ)を大きく変化させられ、電気抵抗率の巨大な変化やトポロジカル電子状態のスイッチングを示す新材料になると考察。2D SnSeと3D PbSeを固溶体化((Pb1-xSnx)Se)させて相境界を形成し、この固溶体に温度変化を与えることで、2D-3D構造を直接転移させることを目指したという。

なお固溶とは混晶ともいい、ある化合物の結晶構造の中にほかの原子が入り込んでも、元の結晶構造の形を保って混じり合っている状態のことをいい、そうした化合物を固溶体という。

これまで報告されていた2D SnSe-3D PbSe系の平衡状態図(ある組成と温度に対して、平衡状態で安定して存在する相の種類と領域を示した図)では、直接接する相境界がなく、中間に混合相領域が存在することがわかっていた。2D SnSeと3D PbSeのように、異なる構造を持つ固溶体は一般的に「固溶限」(固溶体として、ほかの元素を受け入れられる限界のこと)が小さく、相境界を共有しないため、直接相転移は起こらないという大きな課題があった。

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    (左)2D SnSe-3D PbSeの平衡状態図。(右)高温固相反応と急冷処理を組み合わせた薄膜成長法 (出所:東工大Webサイト)

そこで研究チームは、2D SnSe-3D PbSeの相状態図において、温度800℃の高温下であれば3D(Pb1-xSnx)Seがx≦0.5の広い組成で固溶することに着目し、高温相を室温へ凍結させることを考案。そして、高温固相反応と急冷処理を組み合わせた薄膜成長法によって、3D(Pb1-xSnx)Se固溶体薄膜の作製に成功した。

まずパルスレーザー堆積法(紫外パルスレーザーによって蒸発気化させた原料物質を基板上で反応させて、薄膜を成長させる合成法)により、PbSe膜/SnSe膜の2層構造が酸化マグネシウム(MgO)基板上に作製され、アルゴン1気圧の石英ガラス管に封入された。

この石英ガラス管を高温で30分加熱処理した後に、冷却水に浸漬させることで、高温相である3D(Pb1-xSnx)Se固溶体の構造を室温でも凍結、安定化を実現した。これにより、3D(Pb1-xSnx)Se固溶体の固溶限をx=0.5まで広げることに成功したという。

この3D(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜において、電気抵抗率の温度変化の計測として、室温から低温に向けて降温したところ、170K(-103℃)付近において、金属的な温度依存性を示す低抵抗状態から高抵抗状態へスイッチすることが示され、電気抵抗率が3桁も増加することが確認された。

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    上段から、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜の電気抵抗率・キャリア濃度・キャリア移動度の温度変化のグラフ (出所:東工大Webサイト)

また、低温から高温に向けて昇温が行われたところ、ヒステリシスを伴って高抵抗状態から低抵抗状態へ戻ることが確認された。再び降温させても、同様に低抵抗状態から高抵抗状態への転移が観察されたことから、電気抵抗率が可逆的に大きく変化することが判明したとする。

こうした抵抗変化の起源を調べるために、キャリア濃度とキャリア移動度の温度変化の計測も実施したところ、キャリア濃度の変化は小さいが、キャリア移動度が温度170K付近で3桁減少していることが確かめられた。これは、大きな電子構造変化を反映してキャリア移動度が減少し、電気抵抗率を増加させたと考えられるという。

続いて、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜のX線回折の温度変化から、3D相と2D相の相分率の温度変化が調べられた。室温では3D相の分率が100%であったのが、極低温では3D相の約80%が2D相へ転移しており、温度変化によって3D構造から2D構造へ変化したことが明らかとなった。一方、低温から高温へ向けて昇温が行われたところ、2D構造が3D構造へ戻ることが確認されたという。

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    温度に対する、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜の3D相と2D相の相分率の変化を表したグラフ (出所:東工大Webサイト)

以上のことから、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜は、バンドギャップのない金属の電子構造を持つ3D構造から、ギャップが開いた半導体の電子構造を持つ2D構造へ転移するために、電気抵抗率が大きく変化したことが明らかになったとした。

従来の固溶体(混晶)半導体には、主に結晶構造は同じだが、電子構造の異なる半導体材料系を固溶させて、バンドギャップや電気特性を連続的に変調させることで、半導体デバイスの高性能化が進められてきた。

それに対して今回の研究で採用されたのは、構造次元性が異なる無機結晶系を固溶体化させ、結晶構造を人為的に制御するという、これまでにない新しいアイデアである点が大きな特徴だ。

今回の研究では、結晶構造や化学結合が異なる無機結晶の固溶体系で人工的に相転移させられること、またそれにより大きな物性変化が起こることが解明された。こうした成果は今後、さまざまな材料系や結晶構造系において、結晶構造の制御によって特性を大きくスイッチさせることができる新機能材料の開発につながると期待されるとしている。