広島大学は2月12日、量子測定から得られた結果に対応する物理量の正確な値を得る方法を発見し、その値が「弱値」と一致することを理論的解析から明らかにしたと発表した。

同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科のホフマン・F・ホルガ教授によるもの。詳細は、物理学が題材の学術誌「Physical Review Research」にオンライン掲載された。

ミクロの世界を扱う量子力学では、観測・測定行為そのものが測定対象の初期状態を乱してしまうため、最初の状態での物理量の値を得る手がかりを失われてしまうという、測定の困難さが宿命的に存在する。そのため、最初の状態の物理量の値がどれほどだったのかはもちろんのこと、そこに測定・観察対象が存在していたどうかすら確認するのは容易ではなくなってしまう。

このような課題を抱えていることから、量子力学において、物理量の正確な値の実在については、今でも未解決問題となっている。1960年代に英国人物理学者のジョン・スチュワート・ベルが唱えた、量子力学において最重要定理のひとつに「ベルの不等式」がある。複数の物理量の観測値を扱う不等式で、量子もつれがあるかどうかを見極められるものでもある(アインシュタインらが量子力学を否定しようとしたとき、このベルの不等式によって、量子力学が正しいことが証明され、アインシュタインらは引き下がらざるを得なかったという)。

このベルの不等式については、近年になって同式の「破れ」に代表される数々の実験が行われてきた結果、現在では物理量の値の実在を否定せざるを得ないのではないか、という認識が一般的となっている。その一方で実在の否定が事実であれば、古典物理学との完全な矛盾を引き起こしてしまうため、それもまた大きな問題となっているのである。

そこでホルガ教授は今回、最初に最大の「コヒーレンス」を持つ単一の「量子ビット」を用意し、量子システムと弱く結合させる(量子もつれの状態にする)。このとき量子ビットは量子システムの影響を受けるため、量子システムの測定後、測定結果に応じて量子ビットの状態が変化。量子もつれの状態であるため、量子システムが測定されると、自動的に量子ビットの状態も決まることとなる。この変化した量子ビットに、得られた測定結果に対応するフィードバックを施すという測定系の理論的な解析を試みた。

  • 量子測定

    フィードバックによる変化量への当てはめによって、物理量の値が定まることのイメージ。足の測定後、当てはめることで靴の実在をもたらすのと本質的には同じことだという (出所:広島大プレスリリースPDF)

なお量子ビットとは、量子コンピュータでも扱われる量子情報の最小単位のことである。従来の(古典)コンピュータの最小情報単位である1ビットが0か1のどちらかしか表せないのに対し、1量子ビットは量子の重ね合わせにより0と1のどちらも表すことが可能だ。そして、そうした量子状態での重ね合わせの程度を表す量のことを、コヒーレンスという。

  • 量子測定

    今回新たに開発された物理量を得るための測定計 (出所:広島大プレスリリースPDF)

測定結果mに対応して施されたフィードバックが不適切だと、量子ビットの状態は元に戻らないことになる。その結果、元に戻らなかった量子ビットの最初の状態からの変化は「デコヒーレンス」(量子状態が外部環境などとの結合により、最初に持っていたコヒーレンスを損失すること、または損失した量のこと)として現れる。そしてその大きさは、2003年に日本人数学者の小澤正直博士(現・名古屋大学名誉教授/中部大学特任教授)によって導入された「測定誤差」と一致することが確認された。

小澤博士の測定誤差は、物理量の真値と測定値の差が測定誤差とする考え方に基づいて導入されたものだ。そのことから、量子ビットを元に戻す適切なフィードバックがわかれば、デコヒーレンスをゼロにすることが可能だ。量子力学ではフィードバックの量が物理量の値A(m)に対応するため、フィードバックで変化量を当てはめれば測定誤差がゼロとなる物理量の正確な値が得られることになる。

理論的な解析の結果、物理量の正確な値は最初の状態と得られた測定結果の両方で決まる弱値(量子系を乱さない測定手法である「弱い測定」によって得られた値のこと)と一致することが判明。このことは、別の測定結果を得た場合には、その測定結果に対応する別の正確な値が弱値として定まることになるという。

今回の結果は、物理量の値は測定結果がなければ実在としての意味を持たないことを伝えている。これは実在に関する根本的な問題、「誰も見ていなければ、実在としての意味を持つのだろうか」という問いに対して一石を投じる結果ともいえるとホルガ教授はコメントしている。

従来、量子測定は測定結果の統計分布を得るだけであり、物理量の値は得られないものと考えられてきた。今回の研究成果は、現在の実験技術でも十分に検証可能であるため、今後は実験と理論の両方から物理量の値に関する「文脈依存性」や実在性などの研究が大きく進展することが期待されるとしている。

なお文脈依存性とは、物理量の値そのものが測定のやり方に依存して変わることをいう。量子力学での物理量は、数多くの実験から文脈依存性を持つと考えられており、この性質が実在を否定する根拠のひとつとして認識されている。

またホルガ教授は、今回の成果は、量子測定を定量的な測定への質的な大変換をもたらすとともに、物理量の実在問題の解決にもつながることが期待されるとしている。