北海道大学(北大)は2月4日、イスラエルおよびパレスチナに展開された全球航法衛星システム(GNSS/GPS)のデータを解析した結果、2020年8月4日午後6時過ぎ(現地時間)に、中東のレバノン共和国の首都ベイルートにて発生した大爆発に伴って生じた爆風(音波)が、高度300kmの電離層F領域(または熱圏)にまで達し、電離層擾乱を引き起こしていたことを発見したと発表した。

同成果は、北大大学院 理学研究院の日置幸介教授、同・松下愛大学生、インド国立理工学院地球科学科のバスカル・クンドゥ助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

2020年夏、ベイルートの港湾部において、ずさんな管理がなされていた火薬倉庫が大爆発を起こし、とてつもない人的および物的被害が発生したのは記憶に新しいところ。その爆発の規模の激しさを調査するため、国際共同研究チームは、電離層の攪乱の振幅から推定を行った。

電離層とは、大気圏の中間圏(高度約50~80km)と熱圏(高度約80~800km)にまたがる、高度約50~500kmにおよぶ領域のこと。この高度においては、太陽からの紫外線などによって大気中の窒素や酸素などの分子が電離し、多数の自由電子が飛び交っており、電波を反射する性質を持つ。

この電離層は時折、大規模な自然現象などによって大きく攪乱させられることがある。たとえば、火山噴火は霍乱を引き起こすが、国内の21世紀に入ってからの噴火である2004年の浅間山、2011年の霧島新燃岳、2015年の年口永良部島噴火などに伴って発生している。

そうした電離層の攪乱は、上空の軌道を通るGNSS(米国のGPSをはじめとする測位衛星システム)観測網のデータから確認することが可能だ。そして爆発の激しさは、その攪乱の振幅から推定することができる。GNSSから届くふたつの周波数を持つマイクロ波の位相差を地上で計測することで、衛星と地上局を結ぶ直線上にある電離層の全電子数を調べることができるからだ。今回の研究においては、イスラエルおよびパレスチナに展開されたGNSSのデータが解析に利用された。

解析の結果、爆発の約10分後に爆風(音波)が地上300kmの、最も電子密度の高い電離層F領域に到達したことが判明(電離層は、高度による電子密度の違いによって複数の領域に分けられている)。電子の濃淡が作った電離層全電子数に揺らぎが生じていたという。この振幅は、これまで動揺の手法で検出されてきた爆発的な火山噴火に伴うものと同程度であり、人類が引き起こした爆発の規模としては、核実験を除くと歴史上最大級であることが確認された。

なお、この高度はもはや宇宙である。宇宙がどの高度から始まるのかは世界共通で定まってはいないが、おおよそ100kmとされており、その遥か上空だからだ。国際宇宙ステーション(ISS)も通常の高度が約400kmほどであることを考えれば、高度300kmという高さの想像がつくのではないだろうか。

また今回のGNSSを用いた電離層観測法は、世界中のさまざまな爆発現象をモニターすることが可能だという。今後発生する爆発の規模推定などに有効利用されることが期待されるとしている。

  • ベイルート爆発

    GNSSで観測された爆風による電離層擾乱。(a)ベイルートで生じた爆発の爆風(音波)による電離層擾乱が、地図中の複数のGNSS局で検出された。(b)爆風(音波)は爆発の約十分後に電離圏高度に達し、画像中で赤と青で示されている電子の濃淡が形成された。その部分を通過したGNSSからの電波は、地上で音波を電子数の短周期の揺らぎとして観測することが可能。(c)実際に観測されたデータと、今回理論的に計算された変化が重ね合わせられたグラフ (出所:北海道大学Webサイト)