SaaSが3割、PaaS/IaaSは足踏み、日本企業10年のクラウド
日本におけるクラウド事情が現在どのような状態であり、今後どのような変化が見込まれるのか。これを語る時、最初に行わなければいけないのは、クラウドという言葉が何を示しているのかを明確にすることだ。単純に提供されるサービスを選んで利用するSaaSと、プラットフォームそのものを移行させるPaaS、インフラ全体をクラウド化するIaaSでは活用状況が全く異なるからだ。
「SaaSの利用は3割を超えており、中堅企業でどんどん使う気運が大分高まっています。今後は大企業でもSaaSをどんどんさらに使おうという流れは出てくるでしょう。これまでは業務に合わせてカスタムでシステムを構築するというやり方でしたが、ようやくクラウドサービスを使おうという機運なっているところです。しかし、PaaSやIaaSについてはまだまだです」と語るのは、ガートナー リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリストの亦賀忠明氏だ。
この10年でクラウドサービスの存在は誰もが知るものとなり、活用例も非常に多くなってはいるものの、全体で均せば普及率は3割程度であり、クラウド活用といってもSaaS利用に留まっているのが現実だという。PaaSやIaaSの導入が足踏み状態にあり、SaaSですら広く使われないままとなっている原因は、大きく見れば「心構え」に集約されるようだ。
SaaS利用を阻む「業務要件ファースト」から「クラウドファースト」へ
「まず、SasSの利用が進まないのは未だに自社の既存業務に合うのか合わないのかという観点で判断しようとしているからです。これはERP等で行われてきたことですが、今のやり方で利用できるサービスなのかどうかを判断し、合わないのならば合うようにカスタマイズしようとする。これを業務要件ファーストと呼んでいるのですが、業務にクラウドを合わせようとしているわけです。クラウドファーストならば、クラウドに業務を合わせるべきでしょう」と亦賀氏。
これはコロナ禍の中、どうしても出社しなければならない原因になっているとして注目された押印文化について考えるとわかりやすい部分だ。旧来のように業務要件を優先する場合、いかに押印した書類を回覧するか、正式な契約書に電子的な押印を行うかといったことを考え、クラウドサービスで押印に対応するものを探すことになる。ここで根本的な部分を見直し、なぜ押印が必要なのかを考え、法的に必要がないのであれば押印にこだわる必要がないと判断できれば、サービス選定基準に押印機能の有無を考慮する必要も、無駄なカスタマイズを行う必要もなくなる。
SIer丸投げ文化が阻むPaaS/IaaS活用の活性化
さらに、導入が停滞しているPaaS/IaaSについては、亦賀氏からは、技術面での不足が指摘された。これはSIer側も、ユーザー企業側も、双方に不足がある状態だという。
「PaaS、IaaSについてはユーザー側にスキルがなければ導入できないため、スキルが不足したままSIerに丸投げしてAWS等を導入する流れが出てきています。これはコストを考えるとメリットを出しづらいのでお勧めしません。スキルを身に付け、自分で運用することが重要です。しかし現実として、首都圏の大企業はともかく、地方の中小企業にとってはよくわからないという状態でしょう」と亦賀氏は語る。
日本企業のITへの向き合い方として、信頼できるSIerに依頼するという形が長年続いてきた。しかし、PaaS/IaaSの活用を考えるならば、その姿勢自体を変える必要があるという。
「SIerも仕事ですから、導入を担当するならばSI費用を取ります。クラウドにすれば安くなると思ったのにならないというケースは、内訳をしっかり見るとコストの大きな部分がSI費ということが大半です。また、クラウド自体があまりに急速に難易度が上がっているため、SIerも十分な技術を提供できる知識を持っていないケースが多くあります。現在のクラウドは非常に多くのサービスの集合体であり、それらを把握して組み合わせ、いかに使いこなすのかという物になっているのですが、あまりに難しいのです」(亦賀氏)
何千にも及ぶサービスを把握することが難しいのはもちろん、次々にサービスが増え、既存サービスにも改修が加えられる中、追従できているエンジニアは多くない。ユーザー企業側は専門家ならば熟知していると思い込みがちだが、そうではないのだ。これを理解していないと、コスト面や機能面で思うようなメリットがク得られそうにないと判断することになってしまう。
「未だにクラウドを仮想ホスティングの延長として捉えている人がいますが、それは10年前の話です。今のところAWS等を自分で運用できているのは10%程度でしょう。より先端的なビジネスアーキテクチャとして考え、クラウドを単なる業務システムの引っ越し先ではなく、ベースからビジネスそのものを変えようと動いているのは5%未満。85%は丸投げか、基本的な確認の継続です」(亦賀氏)
基本的な確認というのは、この10年間ずっと行われてきた「クラウドはビジネスに使えるのか」というような入り口での調査のことだ。日本企業の本格的なクラウド活用への道は、まだまだ序盤ということになる。