中国の国営宇宙企業である中国運載火箭技術研究院は、2020年12月22日13時37分(日本時間)、海南島にある文昌航天発射場から、新型ロケット「長征八号」の初打ち上げに成功した。

長征八号は、既存の「長征七号」や「長征三号」ロケットの部品を組み合わせ、これまで中国のロケットが抱えていた打ち上げ能力のギャップを解消することを目的としている。

しかし、単なる“継ぎ接ぎ”ロケットではなく、そこには未来へ向けた大きな秘密が隠されている。

  • 長征八号

    長征八号ロケットの打ち上げ (C) CNSA

長征八号

長征八号は、中国国営宇宙企業の中国航天科技集団の傘下にある中国運載火箭技術研究院が開発した新型ロケットで、打ち上げ能力的には中型~大型ロケットに分類される。

中国は長らく、「長征二号」、「同三号」、「同四号」ロケットを運用し、打ち上げたい衛星の質量や目標の軌道によって使い分けていた。しかし、これらのロケットはもともとの設計が1960年代とかなり古く、旧式化が進んだこと、また推進剤に非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素という毒性の強い物質を使っており、環境や人体に悪影響を与える危険があることなどから、2006年にこれらを代替する新型ロケットの開発が決定された。

この新型ロケットは、超大型ロケットの「長征五号」、小型ロケットの「長征六号」、そして中・大型ロケットの「長征七号」からなる。これらは機体の一部やロケット・エンジンなどを共通化したモジュール式ロケットで、製造や運用のコストを抑えつつ、小型衛星から大型衛星、惑星探査機や宇宙ステーションまで、幅広い打ち上げに対応できるようになっている。また、推進剤にはケロシンと液体酸素を使っており、環境や人体への影響も比較的小さい。

2015年にまず長征六号がデビューし、2016年には長征七号と五号がデビュー。長征七号と五号は打ち上げ失敗も経験しているが、徐々に本格的な運用が始まりつつある。

一方、モジュール化によってさまざまな衛星の打ち上げに対応できるとはいえ、この3機種だけでは完全に対応できないギャップも生じている。とくに、地球観測衛星などがよく打ち上げられる、地球を南北に回る極軌道のひとつ太陽同期軌道への打ち上げ能力では、長征六号が最大1tなのに対し、長征七号は5.5tもある。つまり、もし2~4t程度の衛星を打ち上げようとした場合、長征六号では能力が足らず、かといって長征七号では能力が過剰で無駄が生じていた。

このギャップを埋めるため、2017年から開発されたのが長征八号である。太陽同期軌道への打ち上げ能力は3t~4.5tと、ちょうど長征六号と七号との間を埋めることができるようになっている。

ロケットの直径は3.35m、全長は50.3mで、長征七号をベースに開発されており、液体ロケット・ブースターを4基から2基に減らした以外は、第1段やブースターに高性能エンジン「YF-100」を使用している点など共通点は多い。そのうえで、第2段を取り外し、代わりに「長征三号甲」ロケットの第3段機体を改修のうえ流用して載せている。

なお、長征三号甲の第3段機体は1990年代に開発されたもので、比較的新しく、また推進剤に液体水素と液体酸素を使っているため性能も高い。さらに、長きにわたって運用されていることから信頼性と運用経済性も保証されているという。

長征八号の再使用化計画

しかし、長征八号の開発の意義は、ただ単に既存のロケットを継ぎ接ぎすることで打ち上げ能力のギャップを埋めるということだけにとどまらない。そこには再使用ロケットの実現に向けた大きな可能性が秘められている。

米国のイーロン・マスク氏率いる宇宙企業「スペースX」が、「ファルコン9」ロケットで実用化させたように、ロケットの第1段機体を着陸させて回収し、整備したうえで再使用することで打ち上げのコストダウンを図ることは、最近のロケット開発においてトレンドのひとつとなっている。

中国もかねてより再使用化に向けた研究・開発を進めており、長征八号はその最初の実用化例となることが見込まれている。

回収方法などはファルコン9に大きく影響を受けていることが伺え、エンジンを逆噴射しながら垂直に降下し着陸すること、また格子状のグリッド・フィンとスラスターを使って降下時の制御を行うこと、そして機体に沿わせるように格納された着陸脚を開き、海上のプラットフォームに着陸するというところは、ファルコン9と基本的には同じである。

一方で、第1段機体のみ回収、再使用するファルコン9とは異なり、長征八号は第1段とともに、2基の液体ロケット・ブースターを分離せずに第1段に装着したまま着陸させて回収し、再使用する。

このような変わった着陸方法を取るのには、そもそも長征八号はブースターを装備している(ファルコン9にはない)からということや、ブースターも回収して再使用できるということもあるが、ブースターを装着したままにすることで、第1段機体も含めた全体が着陸させやすくなるという理由もある。

ロケットは全質量のうち9割以上を推進剤が占めているが、着陸時にはすでにその大半を使い切っており、ほとんどタンクだけの状態で非常に軽い。これほど軽い機体をゆるやかに着陸させるためには、エンジンの推力をかなり絞る「ディープ・スロットリング」を行う必要があるが、技術的に難しい。しかし、ブースターを装着したまま着陸させれば、質量が少し重くなるため、推力を絞る量を減らすことができる。

とくに、長征八号は第1段に大推力のエンジンを2基装着しているため、逆噴射しての着陸がそもそも難しい。ちなみにファルコン9では、ロケットの大きさに対して比較的小ぶりなエンジンを中央に1基、その周囲に8基の計9基装着しており、着陸時は中央のエンジン1基のみ、もしくは中央とその隣りにあるエンジンの計3基を噴射するため、推力やバランスの面で都合がいい。

なお、中国運載火箭技術研究院では2019年ごろから、長征二号ロケットの第1段機体にグリッド・フィンを装着し、分離後に降下する機体を制御して正確な位置に落下させる試験を行っており、その成果も活かされるものとみられる。

今回は初の打ち上げであったためか、フィンや着陸脚は装備されなかったが、エンジンの推力可変能力の実証が行われたという。今回の打ち上げが成功したことで、次号機以降、どこかのタイミングで回収、そして再使用に向けた本格的な試験が始まるものとみられる。

  • 長征八号

    打ち上げを待つ長征八号ロケット (C) CASC

参考文献

http://www.spacechina.com/n25/n2014789/n2014804/c3097370/content.html
http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758838/c6810959/content.html
Long March 8 rocket lifts 5 satellites in debut flight - CNSA
China's new carrier rocket Long March-8 makes maiden flight - CASC