東京大学は10月22日、アルマ望遠鏡を用いて海王星の大気を分析し、有毒ガスの「シアン化水素」を観測したと発表した。

同成果は、東大情報基盤センターの飯野孝浩 特任准教授、京都産業大学理学部宇宙物理・気象学科の佐川英夫 教授、国立天文台科学研究部の塚越崇 特任助教、名古屋大学宇宙地球環境研究所の野澤悟徳 准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters 」に掲載された。

海王星は、冥王星が準惑星に分類されて以降、現在太陽系において最外縁の軌道を公転するする8番目の惑星だ。太陽からの距離は平均して約30天文単位の距離にあり、光の速度でも4時間以上かかるほど太陽系の深淵部に位置する。公転周期は約165年で、2020年10月現在は地球から見て水瓶座の方向にいて、8等級の明るさである。

惑星の分類としては、木星、土星、天王星と共にガス惑星=木星型惑星に含まれ(その中でも氷惑星=天王星型惑星に分類される)、水素とヘリウムを主成分とする厚い大気を有する。

同じガス惑星ではあるが、ほかの3つのガス惑星とは大気成分が若干異なり、成層圏上部にシアン化水素(HCN)、より馴染みのあるいい方をすれば「青酸」が多く存在していることがわかっている。青酸は、その気体をヒトを含む生物が吸い込めば強い呼吸障害を引き起こし、死に至る危険性の高い猛毒である。

しかし、なぜ成層圏上部にシアン化水素が存在するのかは、海王星を巡る謎のひとつとなっていた。というのも、海王星の低高度にある対流圏と、その上方にある成層圏は、その境界領域「対流圏界面」と呼ばれる極寒の世界が分断しているからだ。

対流圏界面付近の気温はマイナス200℃であり、ここではほとんどのガスは液体に変化してしまう。特にシアン化水素は凝結しやすい化合物のため、ここを超えて気体の状態のまま成層圏上層部まで上昇することは物理的に不可能である。しかし現実に、成層圏上部にはシアン化水素が存在しており、そのメカニズムが不明だったのである。

その謎の解明を目指し、共同研究チームは南米チリ・アタカマ砂漠に設置された大型電波望遠鏡群「アルマ望遠鏡」を用いて、海王星大気の観測を行った。その結果、海王星の成層圏におけるガス状のシアン化水素の分布を詳細に観測することに成功したのである。

シアン化水素の濃度には場所によって差があり、赤道付近が最も高くて約1.7ppb(大気分子10億個中に1.7個のシアン化水素が含まれる)だった。逆に最も濃度が低いのは南緯60度付近で、約1.2ppbだった。

ガス惑星の大気中において、このように微量分子に濃淡が生じることは珍しくないという。ガス惑星は地表がないため(あっても遙か下方のため)、風が地表の凹凸の影響を受けず、吹き続けることが可能だ。地球では考えられないような暴風が吹きすさんでおり、海王星は太陽系一の時速2000km強という風速が観測されたことがある。

こうした大気循環がシアン化水素が成層圏上層部に存在するメカニズムの一端を担っていると考察された。共同研究チームは、地球の成層圏で非一様に存在するオゾンの分布と大気の流れを参考にしたという。地球の成層圏オゾンは、高緯度でより多いという特徴を持つ。これは、オゾンが生成される成層圏では、低緯度から高緯度へと向かう大気の流れがあるためだ。

海王星のシアン化水素の濃淡も、成層圏の大気の流れが反映されていると考えられ、まずシアン化水素が最も少なかった中緯度付近で上昇気流が発生し、シアン化水素のもととなる窒素分子が成層圏に運ばれるという。そして運ばれた窒素分子は、成層圏での化学反応によりシアン化水素を生成しながら、赤道と南極に運ばれていくというものだ。シアン化水素として対流圏から成層圏へと上昇するのではなく、成層圏でシアン化水素が誕生していると考察された。

今回の研究成果から、このような巨大な大気の流れである「大気大循環」が海王星にも存在し、これにより成層圏のシアン化水素が形成されているという可能性が強く示された形だ。

共同研究チームでは、今回の成果をさらに発展させてシアン化水素以外の多様な分子の分布を観測することで、大気の運動や化学についての新たな知見を得ることが可能になるとしている。同様の観測はほかの惑星などでも可能であることから、今後、観測対象を広げていく予定とした。

また地上の望遠鏡ならではの観測を継続的に行えるというメリットを活かし、短期的・長期的な変化を捉え、太陽活動や惑星の季節と連動した大気活動のメカニズムを明らかにできるだろうとしている。

  • 海王星

    (左)NASAの惑星探査機ボイジャー2号が1989年に撮影した海王星の画像。活発な大気の運動に伴う複雑な雲などの構造が観察できる (c) NASA/JPL、(中)今回の研究で得られた、海王星におけるシアン化水素の分布。赤道上で濃度が高く、南緯60度を中心に低いことがわかる、(右)今回の研究で示された、海王星の大気大循環とシアン化水素の生成メカニズム。大気大循環モデルを用いることで、シアン化水素が成層圏で濃淡を作り出す理由を説明することが可能になる (c)NASA/JPL (出所:東大Webサイト)