NTT、東京大学、東京工業大学(東工大)の3者は、NTTが作製した「SrRuO3」の単結晶薄膜を、低温かつ磁場下での電気伝導を測定することにより、「磁性ワイル半金属状態」と呼ばれる“エキゾチックな状態”に特有の量子的な電気伝導特性を観測したと発表した。同時に、実験に加えて理論計算によっても、SrRuO3中に磁性ワイル半金属状態が実現することを実証したとした。
同成果は、東大大学院工学系研究科電気系工学専攻の田中雅明教授、東工大科学技術創成研究院フロンティア材料研究所のHena Das特任准教授、そしてNTT物性科学基礎研究所およびNTTコミュニケーション科学基礎研究所の研究者らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
近年、物質の量子的な状態の記述にトポロジー(位相幾何学)の概念が本質的な役割を果たすことがわかってきた。物質が示す性質がトポロジーによって理解される「トポロジカル物質」と、その中で発現する特異な状態に関する研究が盛んとなっている。
そうした特異な状態のうち、磁性ワイル半金属状態というエキゾチックな状態が示す物性は、理論的予測が大半であり、実験的には未解明な点が多く残っていた。ちなみに、磁性ワイル半金属状態とは、1920年代にドイツ人物理学者ヘルマン・ワイルが提唱した、ワイル方程式に従って記述される質量ゼロの準粒子「ワイル粒子」を持つ物質であるワイル半金属の一種だ。また、金属がそのような状態となっていることをワイル半金属状態という。ワイル半金属(状態)には、磁性とは無関係に発現する「非磁性ワイル半金属(状態)」と、物質の持つ磁性がその発現に本質的な役割を果たす「磁性ワイル半金属(状態)」の2種類がある。
これまで、磁性ワイル半金属状態の観測に関する報告は世界の複数の研究チームから報告がなされている。ただし、同状態に特有の量子的な電気伝導特性、中でも「量子振動現象」の観測は報告されていなかった。そして、将来的な素子への応用を視野に入れた時、単結晶薄膜の作製が容易な、汎用性の高い物質で磁性ワイル半金属状態を内包する物質の発見と、その探索指針の構築が待たれていたのである。
そうした中、長年蓄積してきた独自の酸化物合成技術と、機械学習を援用した作製条件の最適化との組み合わせによって、従来の記録を20年ぶりに塗り替える残留抵抗比84という高品質のSrRuO3薄膜の作製に成功した。なお残留抵抗比とは金属の結晶品質の指標として用いられるもので、この値が大きいほど高品質であることを示す。
研究チームは今回、SrRuO3を用いて、低温かつ磁場下での電気伝導特性を測定。その結果、磁性ワイル半金属状態に特徴的な量子的な電気伝統特性を実証したという。この状態に特徴的な伝導特性は、低温かつ高い残留抵抗比を持つ領域で観測されたことから、試料の品質が本質的に重要だという。
一般に、物質中に磁性ワイル半金属状態が存在した場合、その状態が持つ、(1)線形な分散関係、(2)時間反転対称性の破れ、(3)トポロジカルな性質に由来して、5つの特徴的な電気伝導特性が観測されると予想されていた。そして今回の研究では、その5つの特性すべての観測に成功したという。
中でも、試料中での電子の散乱が抑制される超高品質試料のみで発現する量子振動が観測されたことに対しては、「特筆に値する」という。この量子振動の観測から、磁性ワイル半金属状態を形成するワイル粒子が、5つの特徴的な電気伝導のうち、(2)軽いサイクロトロン質量と(3)高い量子移動度を持つこと、また(5)ベリー位相シフトを示すことが実証された。
さらに密度汎関数理論に基づく計算により、SrRuO3中に磁性ワイル半金属状態が実現することが実証された。この結果は、酸化物中に磁性ワイル半金属状態が存在することを示したものとなるという。また、素子化に必須の単結晶薄膜を試料とした初の実験でもあり、将来的に新原理で動作する量子素子の設計などに資する可能性があるとしている。
今後は、放射光施設などの利用で可能となる先進的な分光手法を用いて、SrRuO3中で実現した磁性ワイル半金属状態に関するさらに詳細な知見を得ることで、学理の構築への貢献を目指すとしている。また素子化へ向けた検討の一環として、トランジスタの駆動方法のひとつであるゲート構造を用いて、ワイル粒子の伝導特性の電気的制御の可否検証などの実験に取り組んでいくとしている。