埼玉大学は9月29日、脳のような高度かつ柔軟な情報処理を光の物理現象に担わせることで、ニューラルネットワークのような機械学習が可能となることを実証したと発表した。
同成果は、金沢大学 理工研究域機械工学系の砂田哲 准教授、埼玉大大学院 理工学研究科数理電子情報部門の内田淳史 教授、同・菅野円隆 助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米光学会誌「Optics Express」に掲載された。
近年、脳のように高度で柔軟で知的な情報処理が可能な高効率コンピュータの実現に向けた、革新的なコンピューティング技術の研究開発が世界各地で進められている。これまで、100万個の人工ニューロンを実装したニューラルネットワークなどが開発されて注目されているが、電子型デバイスとしての実装であることから、その処理速度やエネルギー効率の点で限界が指摘されている。
それに対し、最近になって期待が寄せられているのが、光回路によるニューラルネットワークの構築だ。光を用いる最大の利点は、高速性とエネルギー効率の高さにある。将来的には、1W当たりの処理速度が電子型と比べて100万倍にもなるという試算もあるほどだ。
光ニューラルネットワークは、これまでさまざまなものが提案されてきたが、実は大きな課題もある。1次元的な導波構造に基づき長い光路で伝搬させて1つのニューロンを形成させていたため大規模な実装が困難であり、膨大な配線や複雑な制御を必要とするものに限られてしまっていたのである。
そうした世界的な潮流を受けて研究チームが今回着目したのが、「スペックル光学現象」だ。同現象は、紙やすりガラスなどにレーザー光を当てたときに、ギラギラと輝く不規則な斑点模様のことである。その特徴は、入射する光(入力情報)に応答して、複雑にそのパターンが変化することだ。光通信やディスプレイへの応用などでは除去すべき邪魔な現象だが、実はそれこそが情報処理の点ではとても有用な性質と考えられているのである。
そこで研究チームは、入力に応じて複雑・多用に変化するスペックルパターンを活性化したニューロンとみなして研究を進めた。そして単純な機械学習法で、時系列信号の高速予測処理が可能であることが示されたというのである。
今回の原理検証実験では、光通信で利用されるマルチモードファイバがスペックル生成器とされた。光ファイバはコアと呼ばれる屈折率の高い芯を屈折率の低いクラッド層で覆った構造となっており、光はコア内部を通っていく。マルチモードファイバは、コアの部分が光の波長に比べて十分に大きくなっているのが特徴で、光が複数の進み方ができるようになっている。その結果、伝搬速度が進み方によって変化し、ファイバ端での干渉によってスペックルパターンが観測できるという仕組みだ。
そのスペックルパターンは、光の波動性に起因して、入力信号に応じて無限に近い多様性(表現性)を示し、高速に応答するという特徴を有する。またその表現性による入力信号の特徴抽出は、光の伝搬と干渉現象に任せて自然に実行されるため、従来のニューラルネットワーク回路のように制御用の膨大な配線は必要なく、低エネルギーで処理できることも優れた点だ。
その上、今回提案された光波動の計算システムは、複数の独立した情報処理を同時に実行できるという、特異な特徴も備える。これは通信分野に例えるなら、通信路に非線形な歪みやノイズが入る場合、受信信号は送信信号とまったく別の信号となる可能性があり、複数の信号を受信すれば、それらを同時に復元処理する必要が生じるということである。
そこで今回の研究では、「非線形等価チャネルタスク」と呼ばれる信号復元タスクにおいて、「光波長分割多重化手法」を合わせることで、1つのデバイスで2つの独立した受信信号から送信信号が同時に復元可能であるという結果となった。
研究チームでは今回の光波動を利用した計算システムは、システムの改良・高速化を続けることで、将来的には従来のコンピュータと比較して1Wあたりの処理速度が1万倍ほどになるだけでなく、より多くの独立信号を同時に処理できるようになることが期待されるという。
今回は簡単な実験系において原理検証実験を終えた段階だが、シリコンフォトニクス技術を用いることで、シリコンチップ上に今回の計算システムをすべて実装することも可能としている。それにより、将来的には、モノの近くで効率的かつ即座に知的処理が可能となるような「AIエッジコンピューティング」への発展も期待できるという。また、光を利用する性質を活かし、光通信分野において情報処理効率を高めるデバイスへの発展も同様に期待できるとしている。