2020年5月31日にスペースXが打ち上げた有人宇宙船「クルー・ドラゴン」に、米国の偵察衛星が約100kmの距離にまで接近していたことが明らかになった。オランダの天文学者Marco Langbroek氏が発見した。

接近は偶然である可能性が高いものの、この機会を利用してクルー・ドラゴンを撮影するなどの"スパイ行為"が行われた可能性がある。

  • クルードラゴン

    国際宇宙ステーションに接近するクルー・ドラゴン宇宙船 (C) NASA

Langbroek氏によると、現地時間30日、オランダのライデンにおいて、軌道を回るクルー・ドラゴンを観測するためにカメラを向けていたところ、もう1つ別の衛星がクルー・ドラゴンのすぐ近くを通過したことを発見。その衛星の軌道を分析した結果、米国の電子光学偵察衛星「KH-11」の1機「USA-245」であることがわかったという。

KH-11は米国家偵察局(NRO)が運用する、世界で最も進んだ光学偵察衛星で、空間分解能(どれだけ細かいものを見分けられるかという能力)は最高6cmにも達するとされ、地上に停まっている車の車種や、そこにいる人の人数の判別ができるとされる。これまでに17機が打ち上げられ、USA-245は2013年に打ち上げられた、そのうちの1機であると考えられている。

Langbroek氏によると、クルー・ドラゴンとUSA-245は、協定世界時30日21時18分17秒に、USA-245がクルー・ドラゴンの上を通過する形で最接近。そのときの距離は約125kmだったとしている。この距離は、両者が安全に通過するのに十分な距離であると同時に、USA-245からクルー・ドラゴンを撮影することが十分に可能な距離でもある。

KH-11のような衛星でクルー・ドラゴンを撮影する動機としては、機体が損傷していないかどうかなどを確認するためということが第一に考えられる。また、クルー・ドラゴンは姿かたちや、太陽電池やスラスターがどこにあるかなどが詳しくわかっていることから、衛星から撮影した画像と見比べることで、どのような条件下で、どのように写るのかなどといったことを詳しく分析することもできると考えられる。

さらにそうしたノウハウは、ロシアや中国といった他国の衛星をスパイする場合にも役立つかもしれない。

もっともLangbroek氏は、この接近は意図的なものではなく、偶然であったとしている。その理由として、クルー・ドラゴンは当初5月28日に打ち上げられる予定だったが(天候不良で延期)、その場合の軌道を分析すると、両者が接近することはなかったためとしている。ただ、偶然であったとしても、その機会を利用して撮影が行われた可能性はある。

また、米国の天文学者Michael Robert Thompson氏は、クルー・ドラゴンが5月28日に打ち上げられていた場合、たしかにUSA-245とは接近しないものの、2005年に打ち上げられた別のKH-11である「USA-186」が、約530kmの距離にまで接近していた可能性があると指摘している。距離がやや遠いものの、撮影ができない距離ではないとみられる。

さらに、Langbroek氏とThompson氏は、さらなる分析の結果、USA-245の接近よりも前の協定世界時20時07分50秒、クルー・ドラゴンの打ち上げの約45分後に、2011年に打ち上げられた別のKH-11である「USA-224」が、約105kmの距離にまで最接近したことがわかったとしている。

このとき、クルー・ドラゴンは地球の影の中にいたため、光学観測はできなかった可能性が高い。ただ、KH-11には赤外線で撮影できる機器も搭載されていると考えられているため、撮影自体は可能であったとみられる。

  • KH-11

    KH-11の形状は明らかにされていないが、米国航空宇宙局(NASA)の「ハッブル宇宙望遠鏡」と似ているとされ、つまり衛星の望遠鏡を地球に向けたものがKH-11、宇宙に向けたものがハッブルだと考えられている(この画像はハッブル宇宙望遠鏡のもの) (C) NASA

衛星による衛星の撮影事例

偵察衛星や地球観測衛星などが、別の衛星に接近して撮影した事例、あるいはその可能性があった事例は、過去にいくつもある。

KH-11は、かつて打ち上げ後のスペース・シャトルの外観を検査するためにも使用されたとされる。NASAは公式には認めておらず、その写真が公開されたこともないが、たとえば1981年に「コロンビア」が初飛行した際には、そのミッション中に2機のKH-11が接近したことが確認されている。

また、コロンビアは2003年2月、帰還時に空中分解事故を起こして失われたが、このとき事前に翼が損傷していた可能性が指摘されており、その確認のためにNROに依頼し、KH-11を使って撮影することが検討されたという。ただ、過去に似たような事情でシャトルを撮影した際、分析に使えるほどの有益な画像が得られなかったことから見送られ、手が打たれることはなかった。

最近も、米空軍の無人スペースプレーン「X-37B」にKH-11が接近したことが確認されており、外観検査をしているのではないかと疑われている。

また2012年には、フランス国立宇宙研究センター(CNES)の地球観測衛星「プレアデス」が、故障した欧州宇宙機関(ESA)の地球観測衛星「エンヴィサット」の状態を調べるために撮影した事例がある。撮影時、両者の距離は約100kmほど離れており、相対速度も大きかったが、衛星の姿かたちなどがわかる程度には写っており、故障の状態の解析に大きく役立ったとされている。

さらに2005年には、火星を周回するNASAの探査機「マーズ・グローバル・サーベイヤー」から、NASAの火星探査機「マーズ・オデッセイ」や、ESAの「マーズ・エクスプレス」を撮影した事例もある。

  • CNES

    2012年、CNESの地球観測衛星「プレアデス」が撮影した、ESAの地球観測衛星エンヴィサット。衛星の本体や太陽電池、合成開口レーダーのアンテナなどがはっきり写っている (C) CNES

  • マーズ・グローバル・サーベイヤー

    2005年、NASAの火星探査機マーズ・グローバル・サーベイヤーが撮影した、NASAの火星探査機マーズ・オデッセイ (C) NASA/JPL/MSSS

参考文献

SatTrackCam Leiden (b)log: Imaging a pass of the Crew Dragon Demo-2, and a close fly-by of the Crew Dragon by USA 245! [UPDATED]
Peeking at the shuttle from space - Technology & science - Space - The Columbia Tragedy | NBC News
NASA - Mars Global Surveyor Sees Mars Odyssey and Mars Express
ESA - Investigation on Envisat continues
X-37B Launch windows