日本IBMは6月5日、5月1日付けで同社の代表取締役社長 執行役員に就任した山口明夫氏による記者会見を都内で開催した。外国人の社長も少なくない外資系ITベンダーにおいて、大阪工業大学後に入社し現在に至る"生え抜きのIBM社員"として社長に就任した山口氏は、何を語ったのだろうか。

  • 日本IBM 代表取締役社長 執行役員 山口明夫氏

ステークホルダーとの連携を重視した日本IBMの新ビジョン

大阪工業大学を卒業後、1987年に日本IBMへ入社した山口氏。金融機関担当のエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、経営企画などの業務を経て2007年以降はグローバル・ビジネス・サービス(GBS)事業を担当してきた。日本人社長の就任は現在同社名誉相談役の橋本孝之氏以来、山口氏で7年ぶりとなる。

前社長であるエリー・キーナン氏が社長を務めていた期間について、山口氏は「新しい価値を提供し続ける企業であり続けるために、自分たちで変わらなければならないことを理解した。一方で、お客様や社員、社会とのコミュニケーションは丁寧にしていく必要があったと感じている」と述べたうえで、今後について「変えるべきところと変わらないところを理解したうえで、顧客やパートナーとの信頼関係を築き上げていくことができると確信している」と語った。

山口氏のこうした考えは、新たなグループビジョン「最先端のテクノロジーと創造性をもって、お客様とともに仲間とともに、社会とともに、あらゆる枠を超えて、より良い未来づくりに取り組む企業グループ」に反映されている。

  • 新しく制定された日本IBMのグループビジョン

また、ビジョンにある「枠を超える」という表現に対して、山口氏は「IBMの中だけで考えていても限界がある。1社でがんばれば何かができるという時代ではなくなってきている。パートナーやお客様を含めて取り組んでいきたいという思いを込めた」と説明している。山口氏によると、トップからこうしたメッセージを出したことによって、社内からは「働きやすくなった」という声が上がっているとのことだ。

「デジタル変革」「働きやすい環境づくり」「社会貢献」を重点分野に

ビジョンと合わせて発表された重点分野は「1. お客様のデジタル変革をリード」「2. 社員が輝ける働く環境の実現」「3. 社会貢献の推進」の3点だ。

「1. お客様のデジタル変革をリード」については、「Open/As a Service/Industry Platformの推進」「先進テクノロジーによる新規ビジネス共創」「AI人財育成」の3つが具体的な取り組みとなる。

  • 重点分野である「お客様のデジタル変革をリード」の概要

「Open/As a Service/Industry Platformの推進」の事例として、山口氏は、共立製薬と連携して開発した動物病院向け医療プラットフォームや、デンマークの物流大手 Maerskと共同開発したブロックチェーン国際貿易プラットフォームなどを紹介した。いずれも昨年発表されたものだが、今後もこうした取り組みを進めていきたい考えだ。

「先進テクノロジーによる新規ビジネスの共創」については、山口氏は5つのCPUが入った瓶を持ちながら「IBMは多くの先端テクノロジーを持っている」と強調。「お客様からの要望を待つのではなく、IBMからテクノロジーを紹介していくことで、新たなビジネスモデルをつくっていきたい」とした。

  • 山口氏は5つのCPUが入った瓶を持ち、IBMが持つ先端テクノロジーの強みをアピールした

先端テクノロジーに関連した取り組みとしては、2017年にマサチューセッツ工科大学(MIT)と共同設立した「MIT-IBM Watson AIラボ」が挙げられる。同研究所では、現在すでに普及しはじめている人工知能(AI)ではなく、普及後の先にある次の高度なAIに関するテクノロジーについて研究が行われている。同研究所に対しては10年間にわたって総額2億4000万ドルもの投資が計画されているという。

さらにここで山口氏は、JSR、サムスン電子などが参画する企業の壁を越えた基礎研究コンソーシアム「IBM Research Frontiers Institute」についても触れた。

「多くの企業は、テクノロジーを使って新しい業務やビジネスモデルを作っていく必要に迫られているが、そのためにイチから研究する時代ではなくなっている。日本IBMの研究開発部門にはいろいろなアセットや特許がある。これらを利用していただき、少しでもお役に立てるようになりたい。研究開発のアウトソーシングと呼んでもよいかもしれない。研究員が市場に出ていくことを推進していきたい」(山口氏)

また、山口氏が社会全体として取り組むべき内容として挙げたのは「IT人材育成」だ。日本IBMとしても推進していきたい考えだ。日本IBMでは、顧客向けに初心者から上級者向けの豊富な教育メニューを用意しているほか、金沢工業大学、関西学院大学と連携し社会人・学生向けのAI講座を実施している。今後も、自治体や学校、企業などと連携し、AI人財育成のための教育モデルを提供していきたいとしている。

「2. 社員が輝ける働く環境の実現」については、同性婚での結婚祝い金支給や同性パートナーに対する福利厚生の拡大、障害者を対象としたインターンシップの実施など、特にダイバーシティの推進に力を入れている。また、社員の働き方を支援する取り組みとして、今年8月には、日本IBMグループ社員の子女が参加できる学童クラブを設ける予定だ。

  • 重点分野「社員が輝ける働く環境の実現」について

「3. 社会貢献の推進」については、IBMクラウドや避難所支援システムの提供などを通した被災地支援など、IBMのテクノロジーや社員のスキルを活用した社会貢献を目指していくとしている。社員の評価にも、社会貢献に関する項目が盛り込まれるという。これに関して、山口氏は「IBMはカルチャーを変えようとしている。社会の役に立ちたいと思っている社員は多くいる。数字も大切だが、IBMの成長によってお客様にも仲間にも役に立つものになると思っている」と社会貢献に対する意識を高く持っていることを強調した。

  • 重点分野「社会貢献の推進」の概要

以上が、日本IBMの新たなグループビジョンと重点分野の概観となる。山口氏は「まだ就任して1カ月しか経っていないが、こうしたビジョンを掲げたことによる手応えは感じている」と話していた。