事実は小説より奇なりとはいうが、はたして「いつの間にか宇宙船にドリルの孔があいていた」などという奇怪な出来事が実際に起こることを、いったい誰が予想できただろうか。

2018年8月29日、国際宇宙ステーション(ISS)のどこかから空気が漏れ、圧力が下がっていることが判明。滞在中の宇宙飛行士が調査したところ、ISSにドッキングしていた「ソユーズMS-09」宇宙船に小さな孔があいており、そこから空気が宇宙へ漏れていることがわかった。

この孔は直径約2mmと小さく、補修も簡単だったため大事には至らなかった。しかし、その後の調査で、地上での製造、あるいは組み立て中にあけられたものであることがほぼ判明。ロシアの宇宙産業の弱体化を示し、その信頼性を揺るがす事態となっている。

  • ソユーズ宇宙船にあいた孔

    ソユーズMS-09宇宙船の壁面にあいた孔(指先に見える小さな孔) (C) NASA

ソユーズMS-09からの空気漏れ

米国航空宇宙局(NASA)によると、事件は2018年8月29日(米東部夏時間)に起きた。この日の19時ごろ、ヒューストンとモスクワのISSの管制センターが、ISS内でごくわずかながら、圧力の低下が起きていることを検知した。

このときISSには、船長であるアンドリュー・J・フェウステル宇宙飛行士(NASA)以下、6人の宇宙飛行士が滞在していた。協定世界時で過ごすISSクルーは、そのときすでに眠っていたものの、低下率がほんのわずかで危険性はないと判断され、起こされず、起床後にその事実が知らされた。

そして、彼らが眠っている間に作成されたマニュアルをもとに、漏洩箇所の特定作業が始まった。その結果、ISS本体ではなく、ドッキングしている「ソユーズMS-09」宇宙船の、軌道モジュールから漏れていることが判明。さらなる調査の結果、ISSの長期滞在クルーのひとり、アレクサンダー・ゲルスト宇宙飛行士(ESA)は、軌道モジュールにあるトイレの後ろ側の壁面に、直径約2mmほどの小さな孔があいていることを発見した。

この孔は、ゲルスト飛行士が指で押さえて一時的に塞いだあと、カプトン・テープで塞ぐことで応急処置が行われ、続いてカプトン・テープの上にメディカル・パッチ(絆創膏)を貼り、その上からエポキシが注入された。その結果、漏洩は止まり、大事には至らなかった。

この補修が帰還に耐えられるかという問題もあったが、ソユーズ宇宙船が帰還する際には、宇宙飛行士は軌道モジュールとは別の、帰還モジュール(カプセル)に乗っており、また軌道モジュールは大気圏再突入前に捨てることもあって、問題はないとされた。

その後、「ソユーズMS-10」の打ち上げ失敗という別の問題が起きたことから計画はやや変わったものの、ソユーズMS-09は無事、12月20日に地球に帰還している。

  • 補修したあとの孔

    補修したあとの孔(前の写真とは上下の位置が逆になっている) (C) NASA

原因の可能性その1:地上での製造時にあいた

孔が塞がった直後から、いったいなぜこのような孔があいたのかという原因調査が始まった。

当初は、微小なデブリや、マイクロメテオロイド(微小隕石)の衝突が疑われた。しかし、孔の形状は明らかにドリルのようなものであけられたものであり、さらにその周囲には、ドリルで孔をあけようとした際に失敗したか、孔をあける前後で触れてしまったか、いずれにせよドリルの刃があたって走ったような痕もあった。そのため、デブリや隕石の衝突という可能性は早々に否定され、人為的にあけられたものである可能性が高くなった。

9月3日には、ロシアのメディアが、業界筋からの話として、ソユーズMS-09の製造中に、作業員が過失で孔をあけた可能性が高いと報じた。この作業員はミスを隠すために(もしくはれっきとした補修方法と考え)、接着剤を充填して孔を埋めたという。

そしてこの補修は、存外にうまく機能した(してしまったと言うべきかもしれない)。ソユーズ宇宙船は打ち上げ前、リーク・チェックと呼ばれる、空気漏れがないかどうか調べる検査を受けるが、この接着剤が栓となって孔を塞いでいたがために検査をクリア。さらに2018年6月の打ち上げにも、宇宙の環境にも耐え、ソユーズMS-09の気密を保ち続けた。しかし打ち上げから2か月が経っていよいよ限界が生じ、接着剤が孔から抜けたことから空気漏れが発生し、今回の事件が発生したとされる。

次の焦点は、このドリル孔がどういう経緯であけられたのか、あるいはなぜ、こうした補修で大丈夫だと判断されたのか、そして試験や検査で検出できなかったのか、ということになるはずだった。

原因の可能性その2:宇宙飛行士があけた

ところがその直後、この地上であけられたという説はいったん白紙となり、代わって「ISSに滞在する宇宙飛行士が軌道上であけた」という説が飛び出した。

ロシアの宇宙開発に詳しいRussianSpaceWebによると、ロシア側の調査では、孔の周囲に見られるいくつかの傷について、「無重量状態で孔をあけようとして失敗した傷だ」と受け止められたのだという。言うまでもなく、こうした傷はポンチ穴をあけずに孔をあけようとしたか、もしくはドリルの刃がうまくポンチ穴にはまらないまま削ろうとしたときにもできるものである。

しかし、ロシア側はNASAに対して、ISSに滞在しているNASAの飛行士の、精神状態に関する記録を提出するように求めたとされる。すなわち、NASAの宇宙飛行士が精神的に錯乱したか、自殺する目的で孔をあけたという可能性を本気で考えていたのである。

ロシアのコメルサント紙も、ISSに滞在しているNASAの宇宙飛行士が何らかの病気にかかり、それを隠しつつ、治療のため早期に帰還させる目的で、ソユーズに孔をあけ、緊急帰還せざるを得ないように仕向けたのでは、とする記事を展開した。

また、事故が起こる前の8月に、ロシアの宇宙飛行士が船外活動でISS内からいなくなった時間があったこと、米国側の機材に電動ドリルがあることなどもこの陰謀論に拍車をかけた。

原因の可能性その3:ソユーズの使用権をめぐる陰謀

さらにそれとは別に、ソユーズの使用権をめぐる陰謀論も展開された。現在、米国は独自の宇宙船を持たず、宇宙飛行士の輸送はソユーズに依存しているが、一方でスペースXとボーイングが民間宇宙船を開発しており、完成すれば依存に終止符が打てる。そのため、米国はソユーズの座席を2019年11月までしか購入していない。

ところがスペースXもボーイングも、宇宙船の開発がやや遅れており、間に合わない可能性が出てきている。もし2019年11月までに有人飛行ができなければ、ISSから米国の宇宙飛行士がいなくなる事態も起こりうる。

ソユーズの座席をめぐる米国とロシアとの契約では、ソユーズに問題が起きて計画どおりのミッションができなかった場合は、ロシア側が無償で代わりのソユーズを提供することになっている。そこで、ソユーズに孔をあけ、現在のクルーを緊急帰還させることで、ソユーズの1回分の飛行を稼ぎ、民間宇宙船の開発の遅れを穴埋めしようという意図があったというのである。

  • ISSにドッキングしているソユーズ

    ISSにドッキングしているソユーズMS-09。前部にある丸っこい部分が、孔のあいた軌道モジュール (C) NASA