東京農工大学(農工大)は、同大の研究グループが、アミノ酸代謝酵素の遺伝子LAO1を欠損したマウスの解析を行った結果、脳内で記憶に関わる海馬においてアミノ酸代謝異常が生じ、特にフェニルアラニン濃度の上昇を確認するとともに、このフェニルアラニン蓄積が神経伝達物質アセチルコリン濃度の減少を引き起こし、LAO1欠損マウスの記憶能力が低下することを証明したことを発表した。

この成果は、農工大大学院農学研究院動物生命科学部門・永岡謙太郎准教授、永岡謙太郎准教授、臼田賢人大学院生らと、栄養・病理学研究所の川瀬貴博研究員、塚原隆充博士、京都大学大学院 農学研究科応用生物化学専攻の友永省三助教、中国科学院の Wanzhu Jin 教授らによるもので、7月23日付けで英国のオンライン学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

研究結果(出所:農工大ニュースリリース)

研究結果(出所:農工大ニュースリリース)

アミノ酸は、それ自身のみならず代謝産物についても生命の様々な機能維持に重要な役割を有しているため、酵素の障害や欠損によるアミノ酸代謝異常疾患は重篤な症状を引き起こす。例えば、アミノ酸の一種フェニルアラニンを代謝する酵素の障害が原因で、脳内のフェニルアラニン濃度が増加する「フェニルケトン尿症」は、精神発達の遅れや記憶障害を呈する代表的なヒトの先天性疾患である。治療方法としてフェニルアラニンの摂取制限があるが、フェニルアラニンは多くの食品に含まれており、継続治療は患者にとって大きな負担となっている。

同研究では、フェニルアラニンやメチオニンの代謝に関与するアミノ酸代謝酵素のひとつであるL型アミノ酸オキシダーゼ(LAO)に注目。LAOをコードするLAO1遺伝子が記憶の形成に不可欠な脳領域である海馬で発現していることは、先行研究で明らかとなっていたため、LAO1遺伝子が欠損したマウス(LAO1欠損マウス)を用いて、LAO が関与するアミノ酸代謝がマウスの記憶能力に影響しているかを調査した。受動的回避試験により、LAO1欠損マウスでは 記憶能力が低下していることが明らかとなった。

また、海馬内のアミノ酸濃度や神経伝達物質濃度 の測定をメタボローム解析により行った結果、LAO1欠損マウスの海馬内フェニルアラニン濃度の増加とアセチルコリン濃度の減少が確認された。特筆すべきことに、LAO1欠損マウスの記憶能力の低下は、アセチルコリンの分解を抑制してアセチルコリン濃度を増加させる薬であるドネペジルの経口投与により改善した。

このことから、海馬内の過剰なフェニルアラニンがアセチルコリンの合成を阻害することでアセチルコリン濃度が減少し、その結果としてLAO1欠損マウスの記憶能力が低下したと考えられる。

この研究により、フェニルケトン尿症で認められる記憶障害は、海馬内のアセチルコリン濃度の減少が原因のひとつとして考えられ、ドネペジルが新しい治療薬となる可能性が示唆された。今後は、他のフェニルアラニン代謝酵素が欠損したマウスを用いて同様の実験を行い、ヒトのフェニルケトン尿症に対してドネペジルが新しい治療薬となるか詳細な検討を行っていくとしている。