マサチューセッツ工科大学(MIT)とブリガム・アンド・ウィメンズ病院の研究チームは、人体の深い位置に埋め込んだデバイスに無線によって給電・通信を行う新技術を開発したと発表した。ドラッグデリバリー、生体内モニタリング、脳への光・電気刺激による治療などで使われるデバイスへの応用を想定している。

研究成果の詳細は、今年8月にハンガリーのブダペストで開催される米国計算機学会(ACM)データ通信特別部会(SIGCOMM)の会議で発表される。

  • 体内に埋め込んだデバイスに無線給電する仕組み

    体内に埋め込んだデバイスに無線給電する仕組み。複数のアンテナから放射された電波が干渉し合い、強度が強まってしきい値(点線)を超えるポイントで給電する (出所:MIT)

人体組織を安全に透過できる電波を使って体内埋め込みデバイスに無線での電力供給を行う。動物実験では、体内深さ10cmの位置にあるデバイスに対して、1m離れたところから給電できることが実証されている。デバイスが皮膚直下の浅い位置に埋め込まれている場合には、最大38m離れたところから給電可能であるという。

電池を内蔵しないですむため、埋め込みデバイスの小型化が可能になる。今回の研究では、米粒サイズのデバイスを使った実験を行っているが、これはプロトタイプであり将来的にはさらに小型化したデバイスも可能になると予想されている。こうした小型デバイスとのデータ通信が人体から離れた位置から行えるようになるので、医療分野でこれまでにない応用が期待できるという。

  • 無線給電の仕組み

    脳内に埋め込んだ電池レスの微小デバイスを無線でコントロールし、光や電気の刺激を与えることによってニューロン活動の活性化や抑制を行う (出所:MIT)

パーキンソン病やてんかんの治療では、埋め込み型電極によって脳の深部に電気刺激を与える方法が使われることがある。現状こうした治療では、ペースメーカーに似た皮膚下に埋め込むタイプのデバイスを使って電極を制御しているが、今回の技術が実用化されればこうした制御用の埋め込みデバイスは不要になる。

無線タイプの脳内埋め込み電極は、光刺激によってニューロンの活動を活性化させたり抑制したりするのにも利用できると考えられている。こうした方法がこれまで人間に対して適用されたことはないが、神経系のさまざまな疾患の治療に有効である可能性がある。

ペースメーカーなどの埋め込み型医療機器も現状では内蔵電池がかなりの容積を占めており、機器の寿命も電池寿命によって制約されている。体外のアンテナから放射される電波によって給電できれば、機器の小型化と長寿命化が期待できる。

電波による無線給電が技術的に難しいのは、電波が人体を透過するあいだに放散しやすいため、デバイスまで到達する電波だけでは給電には不十分になるからである。この問題を解決するため、研究チームは今回「生体内ネットワーキング(IVN:In Vivo Networking)」と呼ばれるシステムを考案した。

IVNシステムでは、わずかに周波数の異なる複数の電波を放射するアンテナの配列を用いる。複数の電波が重なり合うことで互いに干渉し、波が強くなったり弱くなったりする。波が強まるときには埋め込みデバイスへの給電に必要な電波強度のしきい値を超えるので給電可能になるという仕組みである。

このシステムには、給電したいデバイスの体内における位置を正確に特定しなくてもよいという利点がある。電波が広範囲に拡散するので、複数のデバイスに対して一度に電力を供給することもできるという。また、電力を送るとき、デバイスが情報を送り返すように命令する信号や薬剤を放出する刺激となる信号などを同時に送信することもできる。