3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)と聞くと、皆様はどのようなイメージをお持ちだろうか。無数のポリゴンを用いて描画された本物そっくりの造形物をモニタやHMD越しに見る、というイメージが強いと思われるが、実は、そんな3DCGの世界に変革が訪れようとしている。

より精密かつ高精度なCGを描画するには、ポリゴンよりも小さな描画のための部品を使えばよいことになる。ポリゴンの形状は三角だが、それよりもより小さな描画単位、つまり「点(ポイント)」を活用して、表面のみならず、線や辺、そして内部までも描画する「ポイントグラフィックス」と呼ばれる技術がそれであり、実は2000年ころから研究開発が進められてきており、近年話題になっている、レーザ計測による点群データを元にした3Dモデリングデータなどもこれに該当する。

  • ポリゴンによる曲面の表示手法
  • ポリゴングラフィックスからポイントグラフィックスにすることで、より高精細な画像の描画が可能に
  • あらゆるものをポイントで描画することで、可視化も可能になる
  • ポリゴンよりも小さな点(ポイント)で描画することで、高精細かつ、あらゆるデータを点にすることで、内部も含めて可視化が容易にできるようになる

高精細3Dグラフィックスが変える医療の現場

こうしたポイントグラフィックスがどういった変革をもたらすのか。例えば、医療分野での3DCGの活用。これまでにも3Dのモデリングデータは医療現場でも活用されてきた。しかし、患者に患部の説明を行う、といったレベルでの活用であれば問題はない。しかし、実際の医療現場では、CTやMRIで手術前に患部を輪切りにし、立体データを得ているが、どこにがんがあるのか、といった診断などは、輪切りとなった3Dデータの中の1枚を2Dの映像として見て判断することとなる。

  • 医療機器から得られるデータは増加している

    CTやMRIの高精度化により、得られるデータは膨れ上がっているが、それを生かすことが、現在の医療現場ではできていない

「これを見たままの、3次元のデータとして、活用できるようにしたい」と語るのは、立命館大学 情報理工学部の田中覚 教授だ。

  • 患者に手術概要を説明するだけであれば、従来の3DCGでも十分であった
  • 従来の3DCGでは臓器の重なりを表現することは難しかった
  • 従来の3DCGでも、患者への手術の説明などであれば問題はなかったが、実際に手術トレーニングなどに使うには、まだ課題が多かった

「例えばCTは、スライスの間隔が10年ほど前までは10mmであったが、今は1mm以下というレベルとなっている。細かく測定できるということは、その分、データが増えるということ、しかし、こうしたビッグデータを医療現場が活用できているかというと、現状はそうでもない」と同氏は、機器が発達しても、それを人間が活かしきれていないのが現状だとする。例えば人体の内部の臓器の重なり状態を表示し、かつ、上の臓器を半透明にして、下の臓器の様子を見る、といったCGなどは昔から活用されているように思えるが、実は、臓器同士が体内で重なっている境界面はどういった色なのか、といった問題や、人工的なアルゴリズムであるため、本来はくっついているはずの部分を微妙に離して作ったり、奥行きの判定が微妙になり、重なりあいが逆になってしまったり、と意外とリアルなものを作ろうと思うと、難しい問題が多々あったという。

  • さまざまなデータを点にして、融合することで、一元的に可視化することが可能になる

    さまざまなデータを点にして、融合することで、一元的に可視化することが可能になる

こうした問題を、CTやMRIなどから得られる臓器などのボリュームデータ、血管表面などのポリゴンデータ、等高線データなどをポイント(点)データに変換し、それぞれのポイントデータを融合して、一気に透視可視化することで、解決することができるようになるという。すべてのデータをポイントにすることで、臓器と血管、腫瘍、放射線量の分布といった情報を一元化できるようになる。

  • がんと人体のスライス画像を組み合わせたもの
  • 頭蓋骨の曲面と脳の画像を組み合わせたもの
  • 臓器、人体スライス画像、そして放射線量の分布予測図を組み合わせたもの
  • データをすべて点にすることで、さまざまなものを一元的に可視化できるようになる
  • さまざまなデータを一度ポイント(点)にすることで、一元的に可視化することが可能になる

匠の技をデジタルアーカイブ

「医療はいろいろなものを書かないといけないCGの総合商社のような存在」(同)であり、そこで活用できるということは、他の分野にも同様の技術を適用できることを意味する。

  • データをポイントにできれば、何でも3DCG化が可能
  • データの量が多ければ多いほど、高精細な3DCGにしやすいのが特徴
  • データが増えれば増えるほど、精度が向上するため、巨大な建造物などをデジタルアーカイブするのにも向いている

すでに田中教授は、得られたデータをポイントデータ化し、一元化するこの技術をあちこちで応用展開している。例えば、7月の1ヶ月間、京都の街をにぎわす祇園祭のハイライトである「山鉾順行」。この山鉾の設計図は物理的な紙などでは存在せず、口伝によって受け継がれてきた。田中教授は、この組み立てから分解までのすべてのプロセスをデジタルアーカイブするプロジェクトを手がけてきた。「山鉾は京都が誇る文化財。対象とした船鉾の鉾立てには3日かかる。その作っている過程も大切な無形文化財であり、それを残しておきたかった」と同氏は語る。

  • 山鉾巡行で用いられる船鉾のデジタルアーカイブも実施

    山鉾巡行で用いられる船鉾のデジタルアーカイブも実施している

また、こうした取り組みは海外にも広がりを見せている。目下、インドネシアの世界遺産「ボロブドゥール遺跡」の三次元計測を2017年からの3ヵ年計画として進めているところだ。インドネシア政府からは、別の寺院の計測も継続して行っていきたいという話を受けているとのことで、新たな進展も可能性として浮上してきた。

人体から世界遺産まで活用できる同技術について、田中教授は、「データが巨大なほど精度が高くなるのが我々の手法の特徴」と述べており、巨大さを利点とする同技術を、今後、さまざまなデータの可視化手法として、幅広い分野で活用できるように、さらなる研究、改良を行っていきたいとしていた。