産業技術総合研究所(産総研)は、同所構造材料研究部門の吉村和記氏、光熱制御材料研究グループの山田保誠氏、西澤かおり氏は、常温・大気中で簡便に作製できるガスクロミック方式の酸化タングステン系調光膜を開発したことを発表した。

  • 今回開発した調光膜の水素ガス導入による色の変化例:水素ガス導入前(左)と水素ガス導入後(右)

    今回開発した調光膜の水素ガス導入による色の変化例:水素ガス導入前(左)と水素ガス導入後(右)

近年、省エネルギー化の観点から外部からの光や熱の透過率を任意に調節できる調光ガラスが注目を集めている。そんな調光ガラスに使われる調光膜は、電気や熱、周辺のガス雰囲気などによって光の透過量や反射量をスイッチングできるため、透明状態にして太陽光を取り込んだり着色状態にして太陽光や熱を遮断したりすることで、空調負荷を減らすことができる。

その代表的な材料は酸化タングステンで、エレクトロクロミック方式の調光膜が実用化されているが、同方式の調光ガラスは構造が複雑であるため製造コストが高い。また、調光前後で近赤外領域での光透過率の変化幅が小さくなるだけでなく、冬場のように透明状態にして近赤外線を透過させたい場面で十分な透過率を確保できないという課題もある。さらに、調光膜の作製にマグネトロンスパッタリング法などの真空蒸着を用いた場合、高価な装置を導入するために初期投資がかかるため、構造が簡単で低コストな調光膜が求められていた。

このたび研究グループは、ガスクロミック方式の酸化タングステン系調光膜を、真空蒸着法ではなく、より低コストの化学溶液法で作製するためのコーティング液を開発した。このコーティング液を使うと、基板に塗布した後、常温・大気中で乾燥させるだけで、水素ガス応答性の良い酸化タングステン系調光膜を作製できる。

  • エレクトロクロミック方式(左)とガスクロミック方式(右)の調光ガラスの模式図

    エレクトロクロミック方式(左)とガスクロミック方式(右)の調光ガラスの模式図

また、高温焼成工程が不要で、常温・大気中で作製できるため、ガラス基板だけでなく、耐熱性の低いプラスチック系シート上への成膜も可能となった。通常、ガスクロミック方式の調光ガラスは、ガラス基板上に調光膜と触媒膜の二種類の膜を別々に積層して作製されるが、今回開発されたコーティング液を使えば、一種類の膜のみでガスクロミック膜としてデバイス化できるため、時間当たりの作製量を増やすことが容易となり、大幅なコスト削減や大量生産が可能となる。

研究グループは今後、このコーティング液の安定性や作製した調光膜の耐久性の評価を行うという。また、今回開発したコーティング液を使うことにより、より安価・簡便に酸化タングステン系ガスクロミック調光膜を作製することができるようになるため、大型ガラスやプラスチック系シートへの適用を検討し、住建築物、自動車などの窓ガラスとしての応用を目指す。透過率変化から水素濃度を測定する水素センサーや、直接水素の拡散を観察できる水素可視化シートへの応用を図る予定だとしている。

  • 室温(28 ℃)で風乾して作製した調光膜の波長670 nm光の透過率の経時変化

    室温(28 ℃)で風乾して作製した調光膜の波長670 nm光の透過率の経時変化