このところ、Uber、Airbnbなどのベンチャー企業の崩壊(disrupt)が取り上げられているが、「既存企業には大きなチャンスがある」というのは、IBMのCEO、Ginni Rometty氏の言葉だ。データを収集し、顧客との関係を構築してきた企業こそ、有利な立場だという。だがそのままではダメだ。何が必要なのか。

11月初旬、Salesforce.comが米サンフランシスコで開催したイベント「Dreamforce 2017」において、IBMのRometty氏とSalesforceの会長兼CEOのMarc Benioff氏が対談した。Rometty氏が自社イベント以外でスピーチを行うことは滅多にない。

左から、IBM会長兼プレジデント兼CEO Ginni Rometty氏、Salesforce 会長兼CEO Marc Benioff氏

ブラジルから駆けつけたというRometty氏は旅の疲れも見せず、AIやデータといった業界のトレンド、さらには自身の生い立ち、女性のキャリア、IBMが打ち込む教育支援など、さまざまな話をして、満席の観客を魅了した。本稿では、AIの話を取り上げる。

データを活用するには、デジタル化だけでは不十分

今年のDreamforceのテーマの1つが第4次産業革命だった。これについて、Rometty氏は「後に今の時代を振り返ると、データの時代になるだろう」と話した。現在、創業106年のIBMは自社を再構築しているというが、中心にあるのはデータだ。

「産業革命、インダストリー4.0、IoTなどのトレンドにより、データはどんどん増えている。だが検索エンジンで検索可能なのは世界のデータのわずか20%」とRometty氏、残り80%は企業が持っており、ここに価値があるのだという。「正しく使うことができ、それぞれの専門知識を組み合わせれば、より良い意思決定ができる」と続けた。「既存企業は有利だ。過去があるということがアドバンテージになる」

そこで必要になるのがアナリティクス、機械学習などのテクニックだ。Rometty氏はデータの課題として「信頼」を挙げる。

データがどこにあり、だれのものなのか――データが資産としての重要性を増す中で、信頼は重要だ。そして、会場に向かって「あなたのデータはあなたのもの、データをつかってAIから得た洞察もあなたのもの、アルゴリズムもあなたのもの。IBMのものではない」と述べ、欧州でIBMのデータ責任として、顧客に約束したことを明かした。

「フリーのフローデータであれば、IBM Cloudにおいては、政府ではなく、顧客がどこにデータを置くのかを決めることができる」とRometty氏、そして「政府がアクセスを要求しても、われわれは政府の監視プログラムによるアクセスを認めない唯一のIT企業だ」と述べると、会場からは拍手が湧いた。

では、データを活用するには、どうすればよいのか――Rometty氏の答えは、「学習する組織」になることだ。流行語となったデジタルトランスフォーメーションを指しながら、「デジタル化だけでは不十分、コグニティブ・エンタープライズ、つまり学習する組織となり、オペレーションを変えていく必要がある」と述べた。

Rometty氏は2012年にIBMのCEOに着任、「106年のIBMの歴史で9番目のCEO」と胸を張る。IBMのコアバリューは「革新的技術を社会と企業に適用すること」とし、これを除いて全てを変える大改革を進めているという

AIにより人間とマシンとが一緒に働くことになる、それに備えよ

SalesforceとIBMはAI分野で提携関係にあるが、2人のCEOは自分たちの提携よりも大きなテーマである、AIと雇用における企業の責任について論じた。Rometty氏は、「AIがこの社会に安全に入ってくる。これこそ、技術企業であるわれわれの責任だ」と述べ、AIの目的と透明性の2つに言及した。

目的について、Rometty氏は「AIは人を置き換えるものではない。人がやっていることを強化するもの」と断言した。「だから、われわれはAIと言わずに"コグニティブ"と呼んでいるのだが」と話した。2つ目の透明性とは、トレーニングされたデータはどれか、誰がトレーニングしたのかなどを明確にすることだ。「バイアス(偏見)のトレーニングも可能だから」と説明する。

IBMとSalesforceにとって、AIは人を置き換えるものではない。だが、求められる仕事が変わるという点で2人のCEOの見解は一致する。Rometty氏が、「AIはすべての仕事に影響を与える」と言えば、Benioff氏も「タクシーの運転手がいなくなり、農場から農作業者がいなくなる。パイロットなしで飛行機が飛ぶようになる」と変化を予兆する。

IBMがマサチューセッツ工科大学(MIT)と行った調査では、平均すると10%の仕事がなくなることがわかったという。「人間とマシンとが一緒に働くことになる。それに向けて準備ができれば、これはいいことだと思う。ヘルスケアなど、複雑で解決が難しい問題が緩和に向かう」とRometty氏はいう。

そして、「怖がって何もしないことは間違っている」と述べ、今、構築していることが将来、どのように発展するのか、どのような業界になるのかといった長期的視点が必要だと続けた。

この「学び」は、Salesforceが数年前から学習プラットフォーム「Trailhead」で取り組んでいることでもある。Rometty氏は2017年初めに打ち出した「ニューカラー」の考えを紹介した。これは、ブルーカラーでもホワイトカラーでもない、博士号や学士号などの学位がなくてもトレーニングでスキルを身につけ技術職に就く人たちだ。

「米国だけでも、技術の求人は50万人分ある。一方で、2016年のコンピュータサイエンス学部の卒業生はわずか4万3000人、高校でコンピュータサイエンスを教えるところは25%しかない」と、Rometty氏は問題を提起した。IBMはすでに、米国をはじめ4大陸で高校レベルでの技術教育に投資をしているという。給与平均値2倍以上の仕事を目指し、10万人の学生がスタートしているそうだ。IBM自身も15%程度の"ニューカラー"の学生を起用する予定だ。

「格差を感じている人がいる。根元にあるのは教育だ。より良い将来があると思えないことが問題」とRometty氏、自身の活動を通じて変化を実感しているようで、「この問題は最終的には解決できるため、楽観している。それには、官民の協力が不可欠だが」と締めくくった。