東京大学(東大)は11月1日、凝集時のタンパク質1分子の動態を高精度に観察できる高速計測技術を確立し、無機・有機・タンパク質系において共通する局所励起運動を特定することに成功したと発表した。これにより、アルツハイマー病などの発症と強く関わるとされる分子凝集プロセスの1分子観察が可能となるため、分子凝集化を制御・抑制するまったく新たな治療戦略が確立する可能性が示されたという。

同成果は、同大 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻(産業技術総合研究所・東京大学オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ兼務)の佐々木裕次 教授、大阪大学、神戸大学、高輝度光科学研究センターらで構成される研究グループによるもの。詳細はNature Publishing Groupの電子ジャーナル「Scientific Report」(速報版)に掲載された

生体内タンパク質分子の異常凝集として知られる「アミロイドーシス」は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経系疾患から、II型糖尿病などの内分泌疾患、プリオン病など20種類以上におよぶ疾患との関係が議論されてきたが、それぞれの疾患に対する有効な治療法は現在に至るまで確立されていない。その原因の1つとして、生体内溶液中でのタンパク質分子の動的な振る舞いに関する情報の欠如が挙げられており、その観察手法の確立が求められていたという。

佐々木教授らの研究グループは今回、凝集化プロセスのモデルケースとして、過飽和溶液条件下での分子凝集に着目して実験を実施。これまでの凝集化(析出・沈殿・結晶化)に関する研究は、すでに結晶核が存在する過飽和状態層を考慮したものが主であったが、実際には、結晶核が最初から存在していないプロセスもあり、病気の原因の研究に関しては、そうした結晶核をいかに発生させないか、といったことを理解する必要があると佐々木教授は説明する。

過飽和溶液は、通常の溶液が溶かすことができる物質量の限度を越えているにも関わらず、析出することなく安定に存在できる溶液状態として知られる。そうした過飽和の状態は、従来、不安定な状態とされてきたが、近年の研究から、ある程度の安定な層として存在できることが示されてきた。そうした研究の手法の1つとして、1998年に佐々木教授が考案・実証した「X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking:DXT)」があり、これまで1分子の高速計測を目的として活用されてきた。

今回、研究グループは、DXTを従来の無機材料ではなく、スケールも分子の形も異なるタンパク質に適用することで、実験で確認されていない結晶化前駆体が存在すると言われているタンパク質溶液条件下での測定を試みたという。

DXTの概要 (資料提供:東京大学/佐々木裕次 教授)

大型放射光施設「SPring-8」の高輝度準単色X線が利用できるビームライン(BL40XU)にて行われた実験では、ターゲットサンプルとして過飽和溶液中のタンパク質分子(リゾチーム)と、比較対象として、過飽和ではないリボヌクレアーゼAの2種類を評価。その結果、リゾチームは濃度が上昇すると、回転運動が上昇することが確認されたが、リボヌクレアーゼAでは、そうした状態が観測されないことが確認され、こうしたことから、タンパク質の過飽和状態には励起状態が存在することが示されたと佐々木教授は説明する。

また、さらなる詳細な調査の結果、安定した励起状態になると、リゾチームの末端が若干ながら変成していることも確認。これについては、局部的に変成が起こらないと、過飽和ネットワークが構築されないのではないかと考えてはいるが、詳細についてはまだよく分かっていないという。

今回の研究で得られた1分子の動態分布 (資料提供:東京大学/佐々木裕次 教授)

今回の結果について佐々木教授は、アミロイドーシスは、タンパク質分子が析出し、凝集体が発生した状態のことであり、疾病のプロセスの最後に位置づけられる。つまり、病気に至る手前の過飽和状態を調べることができるようになれば、早期の診断につながるとしており、こうした診断手法から、この後、何年後に発病する可能性がある、といった予測を立てることも可能になるかもしれない、と説明する。

今回研究に用いられた2つのサンプルの概要とアミロイドトーシスの概要 (資料提供:東京大学/佐々木裕次 教授)

また、結晶化状態前の過飽和状態は、分子が励起状態にある点について、従来の理論計算ではネットワークの形成がナノ秒単位だとされていたが、実測ではミリ秒やマイクロ秒で観測されており、刺激が与えられなければ思っていた以上に安定した状態が維持される可能性が示されたとしており、今後も、こうした観察手法を生物分野に適用していくことで、新たな治療戦略の展開などにつなげていくことを目指すとしていた。

今回の研究成果とXDTを用いた成果の活用法のイメージ、ならびに今後の研究の方向性 (資料提供:東京大学/佐々木裕次 教授)