ホテル王のロバート・ビゲロウ氏が率いる宇宙企業「ビゲロウ・エアロスペース」(Bigelow Aerospace)は2017年10月17日、月のまわりを回る軌道に、空気で膨らむ宇宙ステーション「B330」を打ち上げると発表した。

打ち上げ時期は2022年の予定で、ロケットは米国のロケット会社ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)が開発中の「ヴァルカン」(Vulcan)を使う。

同社はこの宇宙ステーションを、月を使ったビジネスの場としての活用のほか、米航空宇宙局(NASA)などが検討を進めている月軌道ステーション計画に売り込み、月探査や将来の有人火星探査に向けた訓練の拠点としての活用も狙う。

月をまわる宇宙ステーション「B330」の想像図 (C) Bigelow Aerospace

ビゲロウのお家芸、空気で膨らむ宇宙ステーション

ビゲロウ・エアロスペースは、スペースXなどと比べるとそれほど名は知られていないが、まともな成果を残せず撤退することの多い宇宙ベンチャーの中において、1999年の設立以来、着実に実績を積み重ねてきている有力な宇宙企業のひとつである。

同社の特徴は、風船のように空気を入れて膨らませる、「インフレータブル」方式の宇宙ステーションを開発しているところにある。

この方法は、打ち上げ時には折り畳んだコンパクトな状態でロケットに搭載でき、ひとたび宇宙で膨らませれば、従来の金属製の宇宙ステーションよりもはるかに広い空間が作り出せるという特長をもつ。また、防弾チョッキなどに使われる強靭な素材を使っていることから耐久性も十分で、同社は「金属製の宇宙ステーションよりも頑丈だ」と主張している。

同社はこれまでに、2006年と2007年に小型の無人試験機「ジェネシス」を打ち上げ、実際に宇宙で膨らませることができるか、耐久性は十分かなどの試験を実施。そして2016年5月にはより本格的な試験機「BEAM」を開発し、国際宇宙ステーション(ISS)に結合させ、試験を始めた。試験は順調に進み、また実際に中に宇宙飛行士が入るなどしており、さらに今月初めには当初2年間とされていた運用期間を延長する話が持ち上がるなど、その完成度の高さは折り紙つきである。

試験機「BEAM」。国際宇宙ステーションに設置され、実際に膨らませる試験が行われた。試験は成功し、現在も順調に運用が続いている (C) NASA

本格的な宇宙ステーションとなる「B330」

これらの試験を経て、現在開発が進んでいるのが、本格的な宇宙ステーションとなる「B330」である。

330というのは容積(330m3)を表しており、たった1機で、ISSの与圧部の容積の3分の1にも匹敵する広さをもつ。全長は約17mで、最大6人が滞在することができる。

また、ISSのいちモジュールでしかなかったBEAMとは違い、B330は太陽電池や生命維持装置などを装備しており、単独で宇宙ステーションとして機能できるようになっている。

ビゲロウ・エアロスペースでは現在、2機のB330の製造が進んでいるとされ、2016年4月にはそのうちの1機、ないしは2機を、2020年に地球をまわる軌道に打ち上げることが発表された。同社ではこのB330を、一般人が宇宙旅行で訪れて滞在する、いわゆる「宇宙ホテル」として運用することを目指している。

ビゲロウ氏にとって、宇宙ホテルの実現は同社を立ち上げたそもそもの目的であり、またホテル王である彼にとって悲願でもあることは間違いないだろう。

B330の想像図。2機のB330がドッキングした状態が描かれている。ちなみに両端にドッキングしているのはスペースXの「ドラゴン2」宇宙船 (C) Bigelow Aerospace

そして今回、この計画に続く形で、月をまわる軌道にもB330を打ち上げることが発表された。

打ち上げ時期は2022年の予定で、ロケットはULAが開発中の「ヴァルカン」を使う。ヴァルカンを選んだ理由として、ビゲロウ・エアロスペースは「B330を打ち上げるのに必要な性能と、衛星フェアリングの大きさをもつ唯一の商業ロケットだから」と説明している。

B330は打ち上げ後、まず地球の低軌道に乗り、そこで機体を膨らませ、健全性を確認する。続いて2機のヴァルカンが打ち上げられ、そのうちの1機の第2段に、もう1機の第2段がドッキングし、推進剤を移す。そして推進剤の補給を受けた第2段はB330とドッキングし、その推進剤を使って月へと向かい、B330を月周回軌道に投入する、という手順をとる。

ヴァルカンの第2段は「ACES」(Advanced Cryogenic Evolved Stage)といって、ただのロケットの第2段ではなく、別の宇宙機に推進剤を補給したり、エンジンを何度も噴射してさまざまな軌道に衛星を運んだりと、宇宙のタグボートのような運用ができるように設計されており、B330の打ち上げでその能力がフルに活かされることになる。

なお、投入される月の軌道については、詳細は不明なものの、月の低軌道(Low Lunar Orbit)とされている。

月の軌道を飛ぶB330の想像図 (C) Bigelow Aerospace

月ビジネスや、将来の有人火星探査に向けた拠点として活用

B330を月に打ち上げる理由として、ビゲロウ・エアロスペースのロバート・ビゲロウ氏は「この商業的な月の"デポ"は、月におけるビジネスの足場となり、またNASAや他国の機関が進める月探査や宇宙飛行士の訓練にも役立つでしょう」と語る。

月をめぐっては現在、米国などのいくつかの民間企業が、無人の探査機を送り込み、月探査や資源開発などを事業化しようという動きがでてきている。またスペースXのように、月に有人宇宙船を打ち上げることを考えている企業もある。彼らがB330を利用することになれば、ビゲロウ・エアロスペースは使用料を得ることができ、そして月開発も大きく進むことになろう。

また現在、NASAや欧州、日本、ロシアなどは、ISSに続く新しい国際共同プロジェクトとして、月をまわる軌道に宇宙ステーションを建造し、月探査の拠点にしたり、将来的に火星に旅立つ宇宙飛行士の訓練をしたりといったことを検討している。まだ正式なプロジェクトになったわけではないが、すでに何度か協議が重ねられており、実現に向けた合意は近いとされる。

この計画の中で、たとえばステーションのモジュールのひとつとしてB330が採用されることになれば、同社にはNASAからの資金がもたらされ、そして米国の月探査や有人火星探査を支えるという実績ができることになる。

また、B330の技術は長期の宇宙航行にも十分耐えられるため、単なる宇宙飛行士の訓練場にとどまらず、実際に火星に赴く宇宙飛行士が暮らす部屋として活用される可能性もある。

宇宙ホテルの実現と並行して、月をまわる宇宙ステーションの建造も目指すというのは、やや大風呂敷を広げすぎな気がしないでもない。しかし忘れてはならないのは、同社はすでに、試験機とはいえ3機の実機を開発し、実際に宇宙へ打ち上げ、そして運用した実績をもっているということだろう。

月の軌道で宇宙船とランデヴー・ドッキングするB330の想像図 (C) Bigelow Aerospace

参考

Bigelow Aerospace and United Launch Alliance Announce Agreement to Place a B330 Habitat in Low Lunar - United Launch Alliance
Bigelow Aerospace
The Advanced Cryogenic Evolved Stage (ACES)- A Low-Cost, Low-Risk Approach to Space Exploration Launch
NASA plans to extend expandable module’s stay on space station - SpaceNews.com
Bigelow Aerospace and United Launch Alliance Join Forces to Foster a New Era of Sustainable Commerci - United Launch Alliance

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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