東京大学(東大)は、雌は交尾後、雄フェロモンであるESP1の分泌量が交尾相手とは異なる雄マウス系統と接触するとブルース効果(流産)が起きることがわかったと発表した。
同成果は、東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成 教授らの研究グループと、麻布大学獣医学部の菊水健史 教授らの研究グループの共同研究グループによるもの。詳細は米国の学術誌「Current Biology」オンライン版に掲載された。
1959年、実験用雌マウスにおいて、交尾後、交尾相手とは異なる系統の雄マウスと接触することで流産が引き起こされることが報告され、この現象は「ブルース効果」と名付けられた。過去に、尿中のMHCペプチド分子の系統差を原因とする発表が話題となったが、矛盾点もあり、半世紀以上を経た現在まで原因物質は特定されていなかった。
今回の研究では、複数の実験用マウス系統について流産の起きる組み合わせを探すために、ブルース効果の検証実験を段階的に行った。まず、雌マウスと雄マウスを一晩同居させ、交尾を確認した後、雌マウスを1日単独飼育する。次に、交尾相手の雄マウスとは別系統の雄マウスを、交尾後の雌マウスに2日間接触させる。そして1週間後、子宮内における受精卵の着床を確認することで、妊娠か流産かをチェックした。
その結果、同じ系統同士の組み合わせでは流産は起きなかったが、Balb/CまたはDBA系統とそれ以外の系統の組み合わせでは流産が確認された。一方、Balb/CとDBAの組み合わせ、またBalb/CとDBA以外の系統間の組み合わせでは流産は起きなかった。
この結果を受けて、雄フェロモンの1つであり、Balb/CおよびDBA系統において分泌が見られるが、その他の系統では分泌しないESP1という分子に着目。ブルース効果は、ESP1を分泌する系統と分泌しない系統の組み合わせで生じるという仮説を立て、ESP1がブルース効果の原因物質である可能性を検証した。
まず、雌マウスと同系統の雄マウスの組み合わせでは通常流産は起きないが、ESP1を交尾前の雌マウスに暴露すると、同系統の雄マウスの場合でも流産が起きることが判明した。また、交尾後、通常流産が起きない同系統の別の雄と接触する前にESP1を暴露しても流産が起きることがわかった。この場合の流産は、ESP1の受容体を欠損した雌マウスでは確認できないことから、ESP1に依存して起きる現象であることが示唆された。
ただし、ESP1のみでは流産は起こらず、雄マウスとの接触も必要であるため、個体ごとに異なる尿中の因子とESP1の協調的な働きが重要と考えられるが、その因子はまだ不明である。また、受精卵着床時に分泌量が増加するホルモンであるプロラクチンについて、その分泌時期にESP1を暴露した場合、雌マウスでの分泌量増加は確認できなくなった。これらの結果を総合すると、交尾後に雌マウスがESP1の分泌量の異なる別系統雄マウスと接触した場合、プロラクチンが正常に分泌されず、受精卵は着床に失敗し、流産が引き起こされると考えられる。
同成果について研究グループは、化学感覚シグナルである「フェロモン」による生理状態や生殖などの個体機能制御について、フェロモン分子とその受容体から内分泌系に至る多階層での理解につながるものだという。また、今後、脳神経系での情報伝達や処理など、ヒトをはじめとする哺乳類での複雑な化学感覚シグナル受容の理解につながる有用な基礎研究基盤となる可能性があるとしている。