企業のIT基盤の選択肢として、クラウドサービスやオンプレミスを組み合わせて利用する「ハイブリッドクラウド」が定番になりつつある。ただし、ガートナー ジャパン ITインフラストラクチャ バイス プレジデント兼最上級アナリストの亦賀忠明氏は、ハイブリッドクラウドを含め、日本企業のIT活用について「このままではいけない」と警鐘を鳴らす。今、日本企業はどのような課題を抱えているのだろうか。

注目すべきは、ベンダーが動き出した「つなぐ」の実現

亦賀氏は、ハイブリッドクラウドについて「定義が明確ではないが、10年ほど前からある考え方。また、ハイブリッドクラウドといっても、ファイル転送を行っているだけのシステムもあれば、オンプレミスとパブリッククラウドを接続せずに両方使っているシステムを指すこともあり、その中身は実にさまざま」と語る。

その一方で、ハイブリッドクラウドが語られる際、プライベートクラウドとパブリックラウドを「つなぐ」という表現が使われることがあるが、昨年から、この「つなぐ」に新たな動きが見られるという。

具体的には、マイクロソフトの「Microsoft Azure Stack」、VMwareの「VMware Cross-Cloud Architecture」、Oracleが提唱するクラウドのアーキテクチャがある。

「Microsoft Azure Stack」とは、マイクロソフトのパブリッククラウド「Microsoft Azure」を企業のデータセンターに構築することを可能にするクラウドプラットフォームだ。米Microsoftは今年7月から同製品の受注を開始し、9月から出荷を開始する。

「VMware Cross-Cloud Architecture」は、企業のプライベートクラウドとパブリッククラウドにまたがって、アプリケーションの管理・統制・安全性の確保を可能にするアーキテクチャだ。昨年発表された「VMware Cloud on AWS」は、このアーキテクチャに基づき、Amazon Web Servicesのベアメタル上でVMware環境を実現し、ハイブリッドクラウドの構築を容易にするサービスだ。

Oracleは、IaaS(Infrastructure as a Service)からPaaS、SaaS(Software as a Service)まで、企業が必要とするクラウドサービスをフルスタックで提供することを掲げており、オンプレミスの製品とパブリッククラウドのサービスを同一のアーキテクチャ(ハイブリッドクラウド)で提供している。

亦賀氏は、こうしたベンダーの動きについて「前向きな動きであり、評価できる」と語る。

日本の企業は「IT=ビジネスの武器」をわかっていない

こうした背景がありながらも、亦賀氏は「最近、クラウドファーストという言葉が流行しているが、日本企業がシステムに対する要求を変更しない限り、100%クラウドの環境はありえない」と指摘する。というのも、日本企業は一般に、基幹システムなどのミッションクリティカルなシステムに対し、99.999%、いわゆるファイブナインの稼働率を求めるからだ。

「パブリッククラウドで、ファイブナインを実現しようとすると、コストもかかるし、リスクも高まり、そのメリットがまったく生かされないことになる」(亦賀氏)

加えて、亦賀氏は「ITはビジネスの基盤だからこそ、ベンダーに任せるのではなく、企業がきちんと理解することが不可欠。ハイブリッドクラウドを導入するなら、その方法論を検討する前に、何ができるのか、何がしたいのかを先に考えるべき」と語る。

さらに、亦賀氏は「AmazonはITがビジネスの武器であることをよくわかっている」と話す。

「Amazonの主要ビジネスはECサイトであり、それを支えている基盤はITで構築されている。つまり、Amazonにとって、ITは武器そのものだから、ビジネスを伸ばすために、ITに投資をして開発を進めている。つまり、技術があれば、市場で戦えるから磨く。実にシンプルなやり方」(亦賀氏)

これに対し、日本企業はITについて「安い、高い」とコストの面を重視しがちだが、ITの「武器」としての側面がまったく抜け落ちている。「日本の企業はテクノロジーのインパクトを考えていかなければならない。このままでは負けてしまう。現状を打破するには、やはり企業が自らシステムを運用していく必要がある」と、亦賀氏は日本企業の現状を憂える。

そのシステム、本当に99.999%の稼働率が必要ですか?

ハイブリッドクラウドの現状を伺う予定だったが、ハイブリッドクラウドにまつわる日本企業が抱える課題が浮かび上がってきた。

亦賀氏は、日本企業がクラウドのメリットを享受する形で活用するためのアドバイスとして、現在、99.999%の稼働率を求めているシステムについて、それが本当に必要なのかを見直すことを勧めている。

筆者もクラウドサービスの導入事例を取材した際、企業の担当者から「これまで利用していたシステムをそのまま復元することはあきらめた。また、多少システムが落ちてもかまわないと割り切ることにした」という意見を聞いた。

亦賀氏は、検討した結果、高い可用性が求められるシステムはオンプレミスで運用すべきと語る。「早い」「安い」というクラウドのメリットを享受するには、それが生かせるシステムに適用すべきであり、すべてをクラウドに移行する必要はないというわけだ。

また、ベンダーに対しても、顧客企業が出すRFPをうのみにしてはいけないとアドバイスを送る。「中には、古いシステムの要件が記載されたRFPもある。RFPの通りにシステムを作るのではなく、検討した上で、アドバイスするのが、プロであるベンダーの仕事。このままでは、ベンダーも技術力が落ちてしまう」と亦賀氏。

「ユーザーは賢くならなければいけない。テクノロジー、マネジメント、ビジネスのリテラシーにおいて、時代の変化に対応していかなければならない」と、亦賀氏は日本企業にエールを送る。