東京医科大学は、若年者骨髄由来細胞に特徴的なマイクロRNAを同定し、改変エクソソーム技術を使って「エクソソームそのものを若返らせる」ことによって、血液がんの一種である多発性骨髄腫のがん血管新生が抑制されることを見いだしたと発表した。
同研究は、東京医科大学の大屋敷純子教授、梅津知宏講師を中心とする研究チームによるもので、同研究成果は、米国東部標準時間5月23日に米国科学誌Bloodのオンライン姉妹誌であるBlood Advancesに掲載された。
多発性骨髄腫は高齢者に多い血液のがんで、近年増加している。一方、広い意味での骨髄間質細胞は、免疫原性が低いことより細胞治療のソースとして有用であることが知られている。また、健康人の骨髄間質細胞にはがん細胞の抑制効果があり、その効果については加齢による影響があるのではないかとされていた。エクソソームとは細胞が分泌する細胞外小胞の一種で、その中にタンパク質、DNA、RNA、マイクロRNAなどの遺伝情報が内包されており、エクソソームが移動することよって、細胞同士のコミュニケーションが行われている。そこで、同研究チームは、健康人の骨髄間質細胞が分泌するエクソソームの多発性骨髄腫に対する効果を調べるとともに、骨髄提供する人の年齢によるエクソソームの差を明らかにし、がん抑制機能が低下したエクソソームを改変して治療に応用できないかと考えた。
同研究チームはまず、若年者と高齢者双方の骨髄間質細胞で、その分泌物であるエクソソームのがん抑制効果がどう違うかを検討した。腫瘍細胞は低酸素耐性多発性骨髄腫細胞株を用い、マトリゲルという大豆大の丸い透明のゲルに腫瘍細胞とエクソソームを同時に加え、マウスの皮下に接種し、ゲルの変化を観察した。3週間後、生理的食塩水を加えた場合はマトリゲル内にがん血管と腫瘍細胞が充満してどす黒い赤色になっているのに対し、エクソソームを加えた場合はマトリゲルには何も起こらなかった。このことは、エクソソームががん血管新生と腫瘍細胞の発育を阻止していることを意味している。また、高齢者エクソソームではうっすらと茶色い部分、すなわちがん血管新生と腫瘍細胞のわずかな発育が見られ、そのがん抑制効果は若年者エクソソームに劣ることがわかる。
次に、この若年者エクソソームの優れたがん抑制効果はエクソソームの何によるものかを明らかにするため、385個のマイクロRNAについて検討した。その結果、特定のマイクロRNA(miR-411, miR-374a, miR-340, miR-365など)が若年者エクソソームに多く含まれていることがわかった。そこで、高齢者エクソソームにこれらのマイクロRNA類似体を直接導入し「エクソソームの若返り」を試みたところ、導入するマイクロRNAによっては若年者エクソソームと同程度のがん抑制効果が得られることがわかった。
また、健康人の骨髄間質細胞をシャーレの中で培養すると、大量に分泌されたエクソソームを回収できる。培養した骨髄間質細胞が若年者由来であれば、そのまま投与することで血管内皮細胞の増殖を抑えられる。培養した骨髄間質細胞が高齢者由来であれば、改変エクソソーム作製手法を用いてマイクロRNAを補充し「若返りエクソソーム」にしてから投与すると、若年者エクソソームと同様の血管内皮細胞抑制効果がみられる。さらに、これらのエクソソームを投与することで、腫瘍塊への栄養が断たれるという。すなわち腫瘍細胞を直接攻撃するのではなく、腫瘍が増えるための栄養血管を遮断するといういわばがんの兵糧攻めのような構図が浮かび上がる。
同研究成果によって示された新規技術、ならびにエクソソームによる「がんの次世代細胞治療」を実現するためには、デリバリーの問題があるという。近年、エクソソームが目的の臓器に到達するための郵便番号のような目安として、インテグリンが鍵をにぎっていることが明らかになってきた。したがって、インテグリンをめやすとしたデリバリーシステムが将来確立されれば、多発性骨髄腫のみならず、多種類の臓器の固形癌においても「がんの次世代細胞治療」として期待されるということだ。