大阪大学(阪大)は5月22日、線虫が嫌いな匂いから遠ざかるために「意思決定」を行うこと、この意思決定のために特定の神経細胞が匂い濃度の情報の積分を計算して濃度情報を蓄積すること、この積分に関わる遺伝子がヒトにも存在する重要な遺伝子であることを発見したと発表した。

同成果は、大阪大学大学院理学研究科 谷本悠生特任研究員、木村幸太郎准教授らの研究グループによるもので、5月23日付けの国際科学誌「eLife」に掲載される。

これまで、意思決定の脳内メカニズムはサルやネズミを中心にしてさまざまな研究が行われており、神経細胞が情報を蓄積して意思決定を行うことが明らかになっているが、そのための遺伝子は明らかになっていなかった。

今回、研究チームは、神経細胞がわずか302個しかない線虫C.エレガンスに着目。2-ノナノンという線虫が嫌いな匂い物質から逃げるときは、他の刺激に比べてより正しい方向を選んで逃げているように見えることを発見した。

そこで、匂いと神経活動と行動の関係を調べるため、同研究グループが開発するロボット顕微鏡「オーサカベン2」を用いて、匂い濃度の上昇または減少を感ずる神経細胞の活動を、細胞活動を反映することが知られているカルシウム濃度として測定し、さらにその結果を数理モデルを用いて解析した。

その結果、嫌いな匂い濃度の上昇を感ずる神経細胞は、わずかな匂い濃度上昇を「微分」によって大きく検出し、逆走や方向転換をすばやく始めることがわかった。逆に、匂い濃度の減少を感ずる神経細胞は、匂い濃度の減少を一定時間積み重ねる「積分」を行い、この値が一定に達したときにその方向にまっすぐに逃げる、ということがわかった。

この「積分」と「微分」がどのように実現されているかを明らかにするために、いくつかの遺伝子を調べたところ、「積分」の際には、細胞膜上にあるL型電位依存性カルシウムチャネルを通して細胞の外からゆっくりとカルシウムが細胞の中に入ってくることで、匂い刺激の変化が細胞活動として積み重ねられることがわかった。一方、「微分」の際には上記以外にもさまざまなカルシウム通路タンパク質が開くことで、素早くカルシウム濃度が上昇していることを示す実験結果が得られたという。

カルシウムチャネルはヒトにも共通しており、神経細胞活動に重要な遺伝子として知られているが、これまで意思決定との関連は明らかになっていなかった。今後は、ヒトにおいてこの遺伝子と意思決定能力との関連を明らかにすることなどが期待される。

匂い忌避行動中の線虫C. エレガンスの微分的・積分的な神経活動。嫌いな匂いが作る勾配を模式的に表している。嫌いな匂いの方向へ向かって移動を始めると、嫌いな匂い濃度が上昇するという「好ましくない刺激変化」が生ずることになる。この場合、特定の神経細胞が匂い濃度の微分によく似た神経活動を示し、C. エレガンスは連続した方向転換を素早く始める。この方向転換の際にたまたま正しい方向に進み始めると、嫌いな匂い濃度が減少するという「好ましい刺激変化」が生ずることになる。このとき、別の神経細胞が匂い濃度変化の積分によく似た神経活動を示し、この値が一定に達したときに、方向転換が抑えられ、その方向への直進に切り換わっていた (出所:大阪大学Webサイト)