国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は2月6日、運動中に手の感覚が抑制される新たな神経機構を解明したと発表した。

同成果は、NCNP 神経研究所 モデル動物開発研究部 ジョアキム・コンフェ研究員、金祉希研究員、関和彦部長らの研究グループによるもので、2月5日付けの米国科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

他人に手のひらをくすぐられる場合と自分自身でくすぐる場合とでは、自分自身でくすぐった方がくすぐったさが抑制されること、また自分自身でくすぐった場合でも、より早く皮膚を刺激した方が感覚の抑制が大きいことなどが知られている。心理学的には、こういった運動時において、皮膚や筋感覚などに対する末梢刺激を知覚しにくくなる「感覚ゲーティング」という現象が明らかにされているが、どのような神経の働きによって感覚が抑制されるのかについては不明のままとなっていた。

手や筋肉の感覚はまず脊髄に伝達され、それが脊髄上行路を経由して大脳皮質に到達して、初めて知覚されるが、同研究グループは今回、この手の感覚神経経路に注目し、「手の感覚が脊髄に到達した時点で、すでに感覚が抑制されている」という仮説を立て、検証を行った。

同研究グループはまず、サルが手首を動かしている最中に、手指の皮膚および筋の感覚神経を直接電気刺激する方法を開発。そして、その電気刺激を用いて、皮膚と筋感覚に関わる脊髄神経の反応を記録することに成功した。

その結果、皮膚神経に対する脊髄神経の反応は、予想どおり運動中に減弱していることがわかった。この現象は、感覚ゲーティングを反映しているものと考えられる。ところが、同じように筋神経への反応を見てみると、皮膚神経反応のように抑制されておらず、逆に促進していることが明らかになった。この反応は、通常の感覚ゲーティングの考え方とは異なるものであるといえる。

この結果について、同研究グループは、筋肉からの感覚は自分の身体の位置や状態に重要だと考えられており、動いている自分の身体位置をモニターするために、筋感覚が高められたものと考察している。また、皮膚感覚と筋感覚が全く異なるコントロールを受けていたことは、脳が末梢感覚の種類に応じて、自分の行動の認識に対してきめ細かなコントロールを行った結果であることが示唆され、行動中にすべての感覚が一様に抑制されるのではなく、その行動にとって重要性の高い感覚は逆に強調され、重要性の低い感覚のみが抑制されているという新たな仮説を導くことができたと説明している。

今回の研究成果は、自他の行動識別に用いられている脳機能を反映していると考えられ、それが障害される統合失調症などの病態理解や診断に役立つことが期待されるという。

今回開発された、皮膚神経と筋神経からの感覚神経を選択的に刺激する技術のイメージ。サルの手指の皮膚神経(オレンジ)と筋神経(紫)へ電極を埋込み、慢性的に感覚神経を刺激する実験手法によって、サルの行動中に筋感覚および皮膚感覚神経活動に対する脊髄神経細胞の活動を記録することが可能になった (出所:NCNP Webサイト)